JINSEI STORIES
滞仏日記「息子が不意に学友を連れてきた。さあ、大変の巻」 Posted on 2019/06/08 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、本当に息子からぜんぜん連絡がない。何時に帰る? とSMS送っても、はやく帰ってこい、と留守電入れても音沙汰なし。で、買いたいものとか出てくると家庭教師のフランス人の先生経由で「なんか、洋服買いたいみたいですけど」とか伝言が来る。頭に来るから、ほったらかしているけど、今日、仕事をしていたらいきなり携帯が鳴った。
「パパ、あのね、今から友達をうちに連れてってもいい?」
「今? 誰?」
「ウイリアムとイヴァンの二人、ちょっとうちで音楽聞かせたいんだ。夕方、三人で卓球しに行くから、それまで二時間くらい家で遊ぶ」
この子のいいところ(?)はかならず許可をとるところ。冷蔵庫の中のものを食べる時とか、たとえば「ペリエ飲んでもいい?」とか「パン食べてもいい?」とか、勝手に食べたりしないのだ。誰が教えたわけじゃないけど、小さい頃から必ず許可をとる子だった。なので、友達を家に連れてくることの確認を求めてきたというわけである。
「部屋、めっちゃ散らかってんじゃないの?」
「外で待たせて、僕がかたずけるから」
昭和時代のドラマじゃないが、旦那さんが会社の部下とかを引き連れて帰ってくる直前に、今から同僚を連れていくからな、と電話されて困る主婦の気持ちがよく分かった。
「どのくらいで帰る?」
「10分」
電話を切った後、僕は急いで子供部屋を覗いたが、想像を絶する状態に愕然となった。ゴミ屋敷か。一昨日、掃除したばかりなのに、もはやゴミが散乱している。ベッドの上にまで本とかCDなんかが・・・。床には脱ぎ捨てた服が、机の上には食べ散らかしたおやつとかサンドイッチの化石(?)とかがゴロゴロ。子供の頃にいつも抱きしめて寝ていたぬいぐるみのチャチャは部屋のど真ん中で反り返って崩れ落ちていた。教科書や試験の答案用紙やなんだかわけのわからない書類まで、どうやったらこんな風に酷い状態にできるのだろうという散らかりよう。まあ、15才だからしょうがないのかもしれない。
とにかく、10分でこれをキレイな状態に戻さないとならないのである。考えている暇はなかった。
まず、窓を全開にして空気の入れ替えをしたら、脱ぎ散らかした服をかき集め洗濯機の中に放り込み、落ちてる本やおもちゃやサッカーボールなどのいろいろを部屋の隅に押しやって(棚に戻す時間はない!)、ぐしゃぐしゃのベッドは素早くベッドメイキングをして、机の上の化石のようなパンとかお菓子がゴミ箱へ、掃除機を持ってきて、大急ぎで床の掃除をした。
すると、ピンポンが鳴った。掃除機をしまって、何食わぬ顔で、ドアをあけ、ウイリアムとイヴァンと握手をした。
「やあ、みんなようこそ。ゆっくりしていきなさい」
「パパ、急いで僕、部屋かたずけるよ」
と息子が言ったので、
「え? いつも通り部屋はキレイだから、大丈夫じゃない。さあ、みんな入って入って」
きょとんとする息子はほったらかして、ウイリアムとイヴァンが子供部屋へと入っていった。追いかけた息子が一瞬部屋を覗いて、慌てて僕を振り返った。そして、笑顔で、ありがとう、と言った。僕は、肩を竦めてみせた。
今月で彼らは中学を卒業する。秋から高校生になる。フランスは中学生のうちにだいたいの道を決めなければならない。息子はまだ悩んでいる。日本だと当たり前のことだけど、フランスは若い頃から将来を決めてあがっていかなければならないのだ。高校ですでに将来の進路はほぼ決定する。フランス人にとって15才は将来を選択しなければならない人生の十字路ということになる。この三人は今、十字路に立っている。