JINSEI STORIES

滞仏日記「ついに息子がステージに立った!」 Posted on 2019/05/21 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、昨日の日記の続きになるが、・・・息子から課外授業の報告レポートが届いた。非常に短い内容だったが、一応合格としておく。

「僕は幸せだと思う。なぜなら、自分の部屋があり、自分の家があり、成績だってまあまあだし、たくさんの友達に恵まれていて、ガールフレンドもいる。そして、ビートボックスのフランスチャンピオンに招かれて、僕はブルターニュ音楽祭に呼ばれ、そこで、驚くべきことに、彼のグループの中に僕は加えさせてもらうことができた。僕の尊敬するチャンピオンの仲間たちの集まりの中に自分がいることが信じられなかったし、素晴らしかった。音楽祭が7時に終わり、彼がブルターニュに戻るために僕は彼と彼の仲間たちとともに同じメトロで数区間移動することになった。その時、彼は人生における大事なものを教えてくれた。大勢の人が乗る車両の中で僕はチャンピオンから生きることの大切さが素晴らしい音楽を生むのだと控えめながら教えられたのだ。その一言一言が本当に僕の心に響いた。これ以上の幸せはない。だから、学校が大変でも、パパに怒られても、月曜日の放課後のエチュードが辛くてもそれは苦でもなんでもないんだ。それが今僕に与えられた人生だからです」

追記、その後、息子からその前日に行われたビートボックスのコンペティションの動画が送られてきた。その動画を撮影したのはその日彼が初めて会った、長年のネット世界での友人ニコラだった。彼が息子をそこに誘ったのだ。驚くべきことに、その会場は結構ちゃんとしたライブハウスで観客も大勢いて、ステージがあった。なんと息子はリュックを背負ったまま登場し、はじめてなのに堂々と演じた。観客が途中から15才の飛び入りに拍手喝采を送りはじめる。演奏は3分ほど続いた。彼の笑顔で映像は終わっていた。僕はそこに自分の血の連なりを見た。
 

滞仏日記「ついに息子がステージに立った!」

※写真はイメージで本人ではありません。