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滞仏日記「遠距離で息子を監視する僕の憂鬱」  Posted on 2019/05/20 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、東京出張が続いている。今回は一週間程度の短い滞在なので、思い切って息子を一人家に置いてきた。同じ建物内にいる仲良しの隣人ご夫妻に鍵を渡し、息子とはSMSやワッツアップ(フランスのライン)などで遠距離で情報交換をする約束にし、というのも本人が他所の家に預けられるのはもう15才だし嫌だ、と言い出したからだ。思春期、反抗期の頃の自分を思い出し、確かに毎回どこかに預けられるのは嫌だろうと思い、一週間分の食事を拵え冷凍し、ある程度のお金も置いて旅に出た。ところが、である。連絡がつかない。「今日はどうしてる?」「宿題したか?」「卒業試験が近いからYouTubeばかり見るなよ」とメッセージをこまめに送っているのだけど、返事が戻ってこない。

上の階のエロイーズさんにメッセージを送り、どうなってるのか、ちょっとチェックしてきてもらえるかな、と連絡をしたところ、昨夜は11区で開かれたビートボックス(日本ではヒューマンビートボックスと言われている。口楽器演奏とでもいうのであろう。自分の口だけを使って楽器演奏から歌まで全てをやる音楽のスタイル)の試合に行き、23時に戻って来たのだそうで、しかも、生まれてはじめてステージにあがったのだとか・・・。「え? 一人で行かせたの?」「だって、もう大人よ、フランスで15才と言えば」「しかし、僕からするとまだ子供だし、何も僕がいない時に」僕はここで頭ごなしに息子に文句を言っていいものか悩んだ。とにかく、本人と話さないとならない。僕は仕事の合間に彼に電話をすることにした。ワッツアップにも無料電話機能がついている。しかし、何度呼び出しても出ない。仕方がないので、メッセージで、「なんで出ない? 親は死ぬまで親で、お前のことを誰よりも心配している。必ず返事くらいしろ」と送った。すると暫くして「ごめん」と戻って来た。「大丈夫か?」するとステージで演奏する自分の写真が送られてきた。嬉しいような、恥ずかしいような、ちょっと感動する写真でもあった。しかし、ここでひよるわけにはいかない。すかさず電話をかけた。

「ビートボックスの試合に出たって? すごいじゃん」
頭ごなしに怒るのはよくないので、まずは褒める。
「うん、大会委員の人を紹介されてね、彼の前で演奏してみせたら試合に出てみろと言われたので、舞台に上がった」
「どうだった?」
「うん、よかった」
この子はいつも「うん、よかった」しか言わない。でも、そういう時は結構楽しかった時でもある。基本は皮肉屋なので、批判の方が多い。
「観客に受けたのか?」
「初めてのステージだから、分からなかったけど、みんなと仲良くなった。あ、でね、フランスのチャンピョンにいろいろと教えてもらったよ」
フランス人のビートボクサーは世界でもレベルが高い。そのチャンピョンのことは僕も知っていた。なので、驚いて、
「マジか」
と口を滑らせてしまう。
「でね、彼はブルターニュの人で、今日、15区の市役所でブルターニュ音楽祭があってね、チャンピョンに招かれただけど、行ってもいい?」
「連ちゃんでか? ダメだ。ダメ。遊び過ぎだろ。卒業試験が近いのに」
「ものすごく尊敬しているんだ。世界チャンプだよ。こんな機会はめったにないんだ。ちゃんと連絡するからさ、お願い」
さて、ここでどう返事をするか、僕は大人の対応を迫られた。
「じゃあ、フランス語でいいから、家に戻ったら彼について2000字程度の作文を提出しなさい」
「え? なんで?」
「課外授業ということにする。課外授業ならば多少遅くなってもいい。でも、課外授業だから何かを提出しないとならないだろ? 世界チャンプに何を学んだか、2000字のレポートを提出するように」
わかった、と息子は素直に従った。
だんだん、難しいけれど、面白い年ごろになって来た。
 

滞仏日記「遠距離で息子を監視する僕の憂鬱」