PANORAMA STORIES
フランスで学んだ、古い椅子を修復することの喜び。 Posted on 2022/08/23 マント フミ子 修復家 パリ
フランス人というのは物を大切にする人たちです。
我が家にもたくさんの古い家具、本棚やテーブルがあります。
その中でも、美しいフォルムのアンティーク椅子は、私が特に心惹かれる家具でした。
しかしご存知のように、布や皮で覆われている椅子は家具の中ではとても傷みやすいものの一つ。
素晴らしいデザインでありながら、布がほつれたり、皮が破れたり、ひどいものは脚が折れてしまっている・・・。
もちろん、このようなアンティーク家具を直す専門の職人たちがいます。
フランス人は価値のあるものを大切に使い、親から子へ、そして孫へと受け継がせていく。
フランスにアンティーク市場がたくさんあるのは、よくご存知のことでしょう。
消費社会が進むなか、物を大切にするフランスでは「修復」という文化が根強く残っています。
私は、偶然パリに「椅子の修復」を教えるアトリエをみつけました。
そこはアンティーク椅子の修復を昔ながらの手法で教えていました。
学びながら一脚の椅子を修復するのに、かかる時間は半年以上。年間約10万円の授業料と材料費を考えたら、高いのか安いのかよくわかりませんが、学び得る技術は一生もの・・・。
私は週1回、椅子の修復を学ぶことになり、そして、それは驚くべきことに3年もの間、続くことになったのです。
地味で根気のいる仕事。何より、体力のいる重労働でした。
最初の1年半は、比較的簡単な二脚のアンティーク椅子の修復を。練習のようなもので、先生の技術を盗むことに精一杯でした。私には、一つ「祖父から受け継いだクラブ椅子を修復する」という大きな目標があったのです。
とてもひどい状態で、家に置くことさえできず、ずっと地下室に眠っていた椅子。
1930年代に活躍したアールデコを代表する家具デザイナー、ジャン=ミッシェル・フランクが、祖父のためにデザインした1点もののクラブ椅子です。
これを蘇らせることが私の夢でした。
ジャン=ミッシェル・フランクは彫刻家のジャコメッティや、高級ブランドHERMESなどともコラボレーションし、シンプルかつモダンなフォルムが特徴のインテリア内装、家具を多くデザインしました。
HERMESとコラボレーションしたフランクのオリジナル椅子が「約2000万円で落札された」という記事を読んだこともあり、興奮すると同時に、緊張しました。
フランスのデザイン史を背負ってきた椅子を、日本人である私が張り替えてしまおうというのですから。
日本人は手先が器用だとは言え・・・、失敗は許されません。
まずは布や皮、中の詰め物を全て剥ぎ取り、木枠だけに。
コンデションを確認し、人が座れるようしっかり土台を作り直し、気の遠くなるほど細かい工程を重ね、やっと椅子として復元されます。
この一脚の椅子を張り替えるのに、なんと、牛2頭分の皮が必要でした。
そうして、再び生命が吹き込まれたその椅子が、今私のアパルトマンで素晴らしい存在感を放っています。
祖父を支えた椅子が、新しい衣装をまとい、孫やひ孫を支えています。
残念ながら、私が張り替えたこのクラブ椅子に2000万円の価値はありません。
しかし、家族にとって、祖父が座っていた椅子が蘇ったことは、お金に代えられない感傷的な価値を得たことになります。
フランス人から、ものを大切にすることの素晴らしさを学びました。
彼らの時代とともに生き続ける、その暮らし方、素敵じゃありませんか?
Posted by マント フミ子
マント フミ子
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修復家。岡山県出身。在仏30年。フランスに暮らしはじめ、アンティークの素晴らしさに気づく。元オークション会社勤務。現在はパリとパリ郊外の自宅にて家具やアンティーク品の修復をしている。