THE INTERVIEWS
ザ・インタビュー「頑固なドリーマー、スーパーカーデザイナー 山本卓身が巻き起こす革新」 Posted on 2019/03/23 辻 仁成 作家 パリ
「A portrait of db(dbの肖像)」と名付けられたコンセプトカーを発表したカーデザイナー山本卓身(ザ・インタビュー「カーデザイナー山本卓身が叶えた、デヴィッド・ボウイとの共演」)。山本が実現させた車×アーティストの融合は、”カーデザイン”という分野をはるかに超え、世界中の人々、そして、カーデザイン界にも大きな刺激を与えた。しかし、山本の自動車業界への挑発はこれが初めてではない。シトロエンに勤務していた頃にも夢見る頑固な日本人侍はあっと驚かせる企みを実現させていた。「GT by シトロエン」。車好きであれば誰もが耳にしたことがあるだろう。カーレースゲーム「グランツーリズモ」のためにつくられ、世界でたった一台のみ実車化された幻のスーパーカーである。そして、この、シトロエン、そして自動車業界の歴史を上書きしたGTの生みの親こそが、山本卓身なのであった。
ザ・インタビュー「頑固なドリーマー、山本卓身が巻き起こす革新」、欧州で一人闘い続ける男の夢とデザインポリシーを聞き出します!
辻 プジョーシトロエンを退社し、2017年1月1日に独立されたそうですが、愚直に攻められている印象を受けました。現在、山本さんの会社はTakumi Yamamotoという名前ですよね。Takumi Yamamotoという会社は何をされている会社なのでしょうか。今、仕掛けていることというのは幾つかあるのですか?
山本 あまり個人名が出ない世界ですので、名前を出すこともできるという次世代を担う人へのメッセージも込めて会社の名前を考えました。僕の人生の中には大きく分けて2つの流れがあります。1つは、ワン・オフ・カーのデザインです。これは自分の活動のコアでありライフワークになります。個人として、1アーティスト、クリエーターとしてまさにデヴィッド・ボウイのプロジェクトのような一点ものの物づくりをすることです。僕は車が大好きなので、車を通して表現することが好きな人間だということがわかった。自社オリジナル、お客様向け、会社向け、色々ありますが、とにかく売れる売れないではなく、車を通して鮮烈なメッセージを発信したい。それが、後世の人に伝わればいいなと思っています。もう一つは、会社として様々なもののデザインをすること。車はもちろんスプーンや家具など……。自分の車の作品を見て、全く違うプロダクトのデザインをして欲しいと頼まれることもよくあります。クライアントとの相性が一番大事ですが、それがクリアになった時点で受けられるものがあれば喜んで受けています。
辻 車以外のデザインもされるのですね。では、山本さんは本業というか自分の志とは別に、どんなものを作られているのですか?
山本 今は「空飛ぶ自動車」とかですかね。日本のベンチャー、CARTIVATORという企業があるんですけどそこのチーフデザイナーに就任してお手伝いしています。あと、今車以外に引き合いが来ているのは電車とかクルーザーとか。結局何がしたいかというと、僕自身、小さい時に質の良いデザインに触れて人生が豊かになった。その経験を次の世代に渡したい。それも自分なりの解釈を介して少しでもいいからもらったときよりも強くして。それのみです。そのいい例で自分には「デザインのバケットリスト」というものがあって、死ぬまでに絶対デザインする!と決めているものが3つあります。1つ目が小田急線のロマンスカー、2つ目がガンダム、3つ目はバットモービルです。この3つはいつか絶対にデザインしたいので自分に頼みたい方、良いコンタクト先を知っている方がいれば是非おしらせください(笑)! 小さい時にかっこいい電車を見た、バットマンを見た、もしチャンスがあるなら、ないならそのチャンスを作ってでも、それを今、僕のフィルターを通して、できればさらに強いものにして次の世代に見せたい。憧れられるもの、ハートが温かくなるもの、それは買える買えないじゃなくて。例えば、車雑誌の表紙を飾るスーパーカーとかっておそらく読者の99%が買えないものだったりするじゃないですか。でも見るだけで嬉しくなるんですよね。存在する意義みたいな。存在させることで夢を見れたり、人生が変わったり、指針ができるものを作りたい。
辻 それが「スーパーカーを作って世の子供たちを喜ばせたい」という一撃から始まったわけですね。
山本 それに自分自身で気づくのにはかなり時間がかかったんですけど。自分がなぜこれをやっているのか、って。
辻 人の心を掴むフロントページみたいな、どこの雑誌にもでてくるかっこいいカタチ。人に衝撃を与えることができるものづくりをされているのですね。それは未だに変わらないですか?
山本 変わらないですね。僕が車業界を出た大きな理由は、売るためだけのデザインを作り続けたくなかったからなんです。だから、自動車業界の外で車と関わっていきたいと思った。
辻 23歳の時に日本の企業に入って、そこからイギリスに渡ってデザインの勉強をして、シトロエンに入るってすごい事だと思うし、ずっとシトロエンで働いていれば大きな立ち位置を手に入れる事も出きたかもしれないのに、外に飛び出した。そこはとても気になります。
山本 それはよく言われましたね。なんでやめちゃうの? って。でも、大きな会社にいるとペンを置かなきゃいけない時がくる。デザイナーではなく、マネージャーになる時がくるということです。僕はそれが嫌だった。あとは、あまり大きい声では言えませんが……デザイナーって実は100%クリエイティブ、というわけではではないんです(笑)。出されたお題に答えを出す。それが一般的なデザイナーの仕事なんですけど、僕はお題から自分で考えたいタイプで……。なんで? って言っちゃう方なんですよね。カーデザイナーになりたかった人だったらいいと思うんですけど、僕のルーツを辿ると、小さい時に一目惚れして自分をカーデザイナーにさせてしまった車があるんですね。僕はそういうものを作る人になりたかった。カーデザイナーになることはあくまでそれを成し遂げるための手段だったんです。
辻 へえ、それはなんの車ですか?
山本 ランボルギーニのイオタです。しかも、僕が見た写真はどうやらニセモノだったらしいんですよ(笑)。ミウラっていうのがあるんですけど、それをどこかの町工場が改造して作ったものだったらしい。その写真一枚が僕の人生を決めました。よく考えたらすごい。すごいデザインのコピーの写真一枚に人生を変えられてしまう。でも、それがデザインのパワーだと思っています。僕はカーデザイナーになりたいのではなく、そういう車を作りたかったんだということに気づいて、シトロエンを辞めました。
辻 なるほど。僕は息子と車で欧州中を旅しています。僕の場合、車は外見より中身が大事。よく走る車であることが大事だと。デザインや形よりも日常にフィットするかどうかに重きをおくタイプ。だから、スーパーカーに憧れたことがないんですよね。アウトバーンなんかで安全でかつ安定した走りを保てる車がいい車だと思っています。シトロエンで関わった車というのは何台くらいあるのですか?
山本 関わったと言えば、入社してからほとんどの車に関わりました。毎回コンペで振り落とされていくので、僕がやったというのは1台で、強く残っているというのは2、3台ですね。表に出なかった車もあります。
辻 一番残っている車というのは?
山本 それは僕が入社した当時、初めてやった「エキスパート」という車。バンなんですけど。
辻 わかります。エキスパートって結構無骨で、業者の車というイメージですよね。全然スーパーカーに繋がらないんだけど(笑)。
山本 そうなんです。あれはあれで悪くないんですが、実はこの車がきっかけで、辞めようと思ったんです(笑)。優秀なデザイナーたち、ものすごい才能のある人たちが並べられて、「よーい、スタート!」と一斉にデザインをさせられるわけですよ。その人たちがものすごいしのぎを削ってデザインする。僕はもう、ライバルに譲りたくなっちゃって__。それで自分には向いてないなと思いました。で、自動車業界を離れようと決めたわけですが、業界を出る前に最後の賭けに出たのが、プレイステーション用のレースゲーム「グランツーリズモ」のGT by シトロエンを企画した時です。
辻 GT by シトロエンについて詳しく教えてください!
山本 それまで「グランツーリズモ」やその他多くのレースゲームには実際に存在する実在の車のみがゲーム上に登場していたのですが、それを逆転してゲームの世界からリアルに発信してはどうか?と。シトロエン社が初めてゲームのための車をデザインしたというわけです。あと僕はずっと自動車業界が疑わずに続けている慣習の一つに疑問を持ったんです。それがモーターショーでした。120年前に初めてモーターショーが行われたのがパリなんですね。それ以来、ずーっと同じスタイルで発信を続けているんです。そろそろそれも変えない?と。今はゲームのネットワークとその表現能力がすごいから、それを使って発信していこうというのを提案したんです。そうすればショウ会場にいかなくても世界中の人が新しいコンセプトカーを見るだけでなく体感もできる、って。プロジェクトはシトロエンとポリフォニー・デジタル、2社の賛同をえて実現し、大成功に終わりました。その後このGT by シトロエンをやっているうちにこの方向性の可能性が見えてきたので、プレイするサイドを変えてポリフォニー・デジタルに入ったんです。GT by シトロエンで見えた可能性の追求をシトロエン一社とではなく全メーカーと一緒にやってはどうかと提案したり、その他にもいくつかプロジェクトを提案しました。独立した今もいくつかのプロジェクトは続いています。
辻 写真を見ましたがGTはお尻のフォルムがかっこいいですよね。スカートのように膨らんでいて。GT by シトロエンという車は実際に存在するのですか?
山本 2008年のパリ・モーターショーに展示するために1台実車化されました。実際にロンドン市内や世界各地でデモ走行をしました。そしてその年の一番美しいコンセプトカーに与えられるルイ・ヴィトン・クラシック&コンセプトカー賞を受賞しました。6台限定で生産の予定で6人のお客さんを見つけたのですが、丁度その時シトロエンの社長交代があり、残念ながらプロジェクトがキャンセルになり、なので1台だけシトロエンが持っています。会社が成功したら買い戻したいなって思ってますね。それか、もう1台作る。とても思い入れのある車です。僕のイオタですね。
辻 1台そうやって名刺ができたということはいいことですね。もうシトロエンと仕事はしていないのですか?
山本 そうですね。否が応でもシトロエンの歴史に入ってしまいましたので。シトロエンとはまだ仲良くしていますし、最近は特に良い間隔が取れてきたので提案できることがあるかなとも思っています。
辻 GT by シトロエンという、それまで誰もやれなかったことを山本さんが実現した。あれは、山本さんのストーリーですよね。執念というか。GT by シトロエンの前面にかっこよくシトロエンのマークが入ってるじゃないですか。あれを見て興奮しないシトロエンの社員はいるのかなって思いました。笑 顔の真ん中に見覚えのあるシトロエンらしきマークがあるというのが衝撃的で。迫ってくる感じがある。
山本 そうですね、執念、というか僕自身です。同僚の支持はものすごく得られました。あの車にはいろいろな提案やメッセージも込めています。ショーカーってみんな触りたいけど誰も触れないし、人の山で見れもしない。そういうのではなくて、プレステーションさえあればどこにいても見れて、運転できて、所有できる……。そういう意味で、GT by シトロエンはすごく達成感がありました。フェラーリがフェラーリをつくるのは当たり前だけど、大衆車をつくるシトロエンがつくったということも。
辻 山本さんがシトロエンに入られたことでシトロエンにはすごく刺激を与えたんじゃないのでしょうか?
山本 今、シトロエンは「DS」という高級車ラインを売り出しているのですが、GT by シトロエンはDSというブランドのの生い立ちに大きな影響を与えました。
辻 あ、DSって最近よく見かけます。よくわからなかったんだけど、要は、シトロエンのレクサスみたいなものなのですね。
山本 もともと1955年にリリースされたシトロエンDSという名車があったのですけど、そこから来ています。
辻 シトロエンを退社して独立されて、今からどういう風に向かおうというビジョンはあるのですか?
山本 ライフワークとしては、車を扱う”アーティスト”でありたい。お客様が個人であれ、自分自身であれ、メーカーであれ。生涯現役のプレーヤーでいたいです。
辻 GT by シトロエンがとてもすごいと思うのは、個人プレーヤーにしかできないチャンスをつかんだということですね。最後に、山本さんのデザインに関する考え方が知りたいです。デザインをどういう風に捉えているのか。このウェブサイトはデザインストーリーズという名前で、デザインには必ずストーリー、物語がついてるということをテーマに綴っています。物をつくる山本さんのストーリー感が聞きたいです。
山本 「デザイン」という定義が広すぎるので難しいのですが、車の業界でのデザインとは「意匠(衣装)デザイン」なんですよ。シャシーがあってエンジンがあって、その上にどういう服を着せるか、だからと言って車の構造を何にも知らないわけじゃなくて、この下には何が眠ってるかというのはちゃんとわかっている。ここには鎖骨があるからこういうフォルムをつけるとか。動かせるもの動かせないもの、どんな内臓が入っているのか、長年の経験と知識で車の構造のイロハはわかってます。ただ130年強の歴史の中で、理想解のようなものはもう出てきちゃってるんですね。この値段で、何人乗れて、とかいうとだいたい。でもデザイナーの頭の中にそういうニーズというのもちゃんと入っています。
辻 カーデザイナーのジレンマというか宿命ですね。ジレンマを与えてデザインしていくことの面白さもあるだろうし。
山本 それがデザイナーたる所以ですね。僕たちの仕事はそれ。規制がある上でデザインするというのが僕たちの仕事です。デザイン学校では ”Form follows function”という「形態は機能に従う」という言葉をよく使うんです。僕は、それはその人の定義であってそうじゃなくてもいいと思っていたんです。でも、それは「機能」というものをどう定義するかなんだということに気づいた。例えば、僕の場合のデザインの機能とは、「人を魅了すること。人生を豊かにすること」そういう風に言い換えると、僕のモットーもそれに当てはまるわけです。それは僕のメッセージ。クリエイトしているデザイン、もちろん使いやすいとか工業デザインとして満たさなきゃいけない機能は備わっているのは当たり前で。そこから先の、なんていうか、クスッと笑わせたり、ぞくっとするような出会いの瞬間とか、そういうのを世の中に伝えたい。僕がデザインを手がけることでなんかちょっと違いが出せたらなって。あったかくなる、嬉しくなる、買えないけど欲しい、とか。
辻 それが山本卓身のデザインなわけですね。
山本 買える買えないじゃなくて、存在するだけでニンマリする、人が幸せになるようなものを作りたい。今は、エンツォ(フェラーリの創始者)がしたように僕のフェラーリが作りたいわけなんです。フェラーリというより、ピニンファリーナ(フェラーリなどのスーパーカーやクルーザー、プロダクトまでデザインするイタリア最大のデザイン会社)みたいな。Takumi Yamamotoは60年後ピニンファリーナのようなブランドになれたらって思ってます。そのために僕がビジョンを発信して、それに共感する人たちが集まってきて、後世にいいメッセージが遅れればと。クリエイティブスパイラルと呼ぶ、いいものがもたらす好循環を与えられたらと。
辻 なるほど。
山本 何故シトロエンを辞めたかという理由の一つに、一生現役でいたかったからと言いましたが、90歳になっても車を作っていられる環境が欲しいんです。だから、自分の会社を立ち上げた。シトロエンにいたとしたら65歳で定年になって、それまでにいくら良いものを作り上げても会社に返さなきゃならないじゃないですか。シトロエンにいてすごいすごいと言われた時期はありました。だけど、そうじゃない。更地から自分のお城を建てないと、と思ったんです。僕は、自分が最後に手掛けている車の横で死ねたら本望だなって思っています。その環境を今から作っている。それには「出会い」も大切ですよね。先日バルセロナに行く機会があってガウディの建築に触れましたけど、ガウディの作品はグエルさんっていうパトロンに会ってなかったら存在しないと言っても過言ではないんですよね。イヴ・サンローランもそうですし。これからそういう出会いがあるならば、とも思います。
辻 実現と空想の間に山本卓身のデザインがあるんだなと思いました。ありがとうございました!
posted by 辻 仁成