JINSEI STORIES
滞仏日記「サラダ記念日は息子ファーストで」 Posted on 2019/03/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、俵万智さんがパリにやって来たので我が家にお招きした。実に20数年ぶりの再会であった。ずいぶんと月日が過ぎていたが俵さんはタイムマシンに乗ってやってこられたのかと思うほどに、体形も雰囲気も声も昔のままであった。多分、僕と俵さんはかつて二度しか会ったことがない。今回、ツイッターのDMを通して「パリに行きます」と連絡があり、再会となった。お互い、15歳の息子がいて、ともにシングルで、と共通点もあり、久しぶりの再会は盛り上がった。というのか、面識はあったけれど、ここまで話をしたり、一緒に歩いたのは初めてのことだった。僕らは昼にボンマルシェの食品館で待ち合わせ、僕の行きつけのスペイン・タパスでランチをし、彼女の買い物に付き合った。その後、夜に我が家でフランスの友人たちの集まりがあったので、俵さんもお招きした。20数年ぶりなのに、まるで親戚の人のようにすっと再会が出来たのは、作家同士だからかもしれない。特に息子話に花が咲いた。シングルで子育てというと世の中は大変と思うのかもしれないが、二人に共通していたのは人生における「息子ファースト」主義であった。僕と俵さんとではシングルの質も中身も違うのだろうけれど、少なくとも僕は子育てを苦痛と思ったことはないし、たまに家事に疲れて3時間ほどの家出はするにしても、子供の成長を見て生きられることが今を支えてくれていることも自明だった。15歳の息子さんのことを話す俵さんを横目に、人生っていろいろとあるよな、いろいろとあったけれど今日をこうやって迎えられたんだからよかったんじゃないか、と自分を許せるような気持ちにもなった。何より、俵さんの横にいる息子が珍しく素直で、「はいはい、そうです」と丁寧な日本語で俵さんの質問に答えているのがおかしくて微笑みを誘われた。
トランプ大統領の「アメリカファースト」という言葉が流行った頃に僕はシングルど真ん中だったので「息子ファースト」という生き方を僕の生活の中心に据えた。それまで僕は「仕事ファースト」だったかもしれない。シングルを選んだわけじゃないけれど、託された時に、僕は観念した。「観念した」というのは「執着しない状態であるさま」を言う。僕は仕事に執着した人生を手放し、息子の成長を支えるために生きることを決意した。あれから6年の歳月が流れるけど、もちろん、仕事はバリバリとこなしながらも、息子を育てることを全ての優先とした。それはどういうことかと言えば、同じタイミングで仕事が割り込んできた時、僕は子供を取るということだ。そのせいでお断りした大きな仕事がいくつかある。残念だったけど、息子ファーストだから、と自分に言い聞かせれば執着は捨てることが出来た。仕事のために子供を犠牲にしないという生き方は正解だった。でも、実際は子供を育てながらでも仕事は出来る。俵さんも宮崎をベースにシングルを実践されている。確かに、子供に時間のほとんどを割かれるので自分の生活というのは蔑ろに、後回しになる。でも、仕事をする時間くらいは残る。生きていくためには仕事をしなければならないことを息子にも理解してもらい、間の時間で働く。家事と仕事に疲れたら、たまに小さな家出をする。でも、家に戻ると息子が待っていてくれるので、また頑張ろうという気持ちにもなる。大変なことは人生の張り合いにもなる。僕にも野心はあるのでそこに向かう気持ちは持ち続けている。夢を何度か諦めかけたけれど、幼い息子が「パパ、僕のために夢を犠牲にしないで」と言ってくれたことがあった。この一言で楽になった。絶対、夢も掴んで見せる、とその時に思った。野心と子育ては両立できると最近は思っている。どんな時にも人間は試されているのだと思う。ならば、こたえてやろうじゃないか。それが僕の答えだ。