PANORAMA STORIES
イスキア島のおとぎ話の森 Posted on 2019/03/12 八重樫 圭輔 シェフ イタリア・イスキア
イスキア島というと美しいビーチや温泉、新鮮な魚介類などが注目されがちですが山岳部には美しいトレッキングコースが幾つもあることはあまり知られていません。
その多くは島の中央にそびえる標高788mのエポメオ山周辺に広がり、最近はガイド付きのミニツアーも組まれています。今回は中でも僕のお気に入りの2つの森に、皆さんをご案内したいと思います。
途中まではバスまたは車で行くことができ、その標高は約600m。森へと続く小道に差し掛かったとたん、左手には絶景が広がり、右手には巨岩が点在する雄大な山肌が迫ります。運が良ければ放牧中のヤギの群れに出くわすこともあり、足元をよく見れば彼らの小さな落し物がいくつも転がっています。岩がちな足場は少し歩きにくい所もありますが、小さな子供でも手を引けば大丈夫なので地元の家族連れにも人気の場所です。道の脇の植物たちや風景に心を奪われているうちにフラッシテッリの森へ辿り着きます。
森の名前はここに生えている「フラッシノ(西洋トネリコ)」という木に由来していますが、残念ながら近年起きた山火事のため多くの木が焼けてしまいました。しかしトネリコは再生力が強いそうなので、いつかまた元の美しさを取り戻す日が来る事を願ってやみません。4月頃には何とも言えない透明感を持った野生の小さなシクラメンや可憐な野の花が緑の絨毯の中で咲き誇ります。中でもひと際目を惹くのが白い花を咲かせる野生のニンニクの一種(学名allium triquetrum)。イスキアでは一般的なニンニクが入ってくるまで、葉を擦るとほのかにニンニクの香りがするこの植物を利用していたようです。全ての部分が食用となり、花はてんぷらにしても美味しいそうなので、ぜひ試してみたいものですね。
森に点在するトゥーフォ・ヴェルデという緑がかった凝灰岩は、太古の昔にイスキアが大噴火を繰り返ながら海底から隆起した際のもので、海水の影響でこのような色になったとされています。トゥーフォ・ヴェルデは建築材として島のいたる所で使われており、森のシンボルでもあるアーチにもこの石が使われています。
そしてその色はイスキアが緑の島と言われる所以の一つにもなっています。木にかけられたブランコ、鳥のさえずり。絵本の中のような世界にいつしか心はまどろみ、下界での出来事や悩みなど大した事ではないように思えてきます。
けれどもここはまだおとぎ話への入り口、奥へと延びる小道はごつごつとした坂道に変わり、それを登りきると大きな栗林が目の前に広がります。ファランガの森です。
フラッシテッリよりも広大で起伏の少ないこの森を少し歩くと、驚くべきものが目に飛び込んできます。
それは巨大なトゥーフォ・ヴェルデをくりぬいて作られた岩の住居で、この森をはじめ、イスキアの山岳部に多数残されています。古いものは15世紀初頭に作り始められたようで、当時の島民を恐怖に陥れていたトルコの海賊から逃れるための隠れ家だったと言われています。
やがてファランガにはブドウ畑が作られ、岩の隠れ家は農作業期間中の仮住まいとして利用されるようになりました。家の中にはかまどやベンチ、小さな棚の跡などが見られ、外には雨水をためるために掘られた窪みが残っています。
森の中には「パッラチーネ」と呼ばれる、ブドウ畑に使われた石垣の跡がありますが、この石垣を使った畑づくりは現代でも変わらず島のいたる所で行われています。
しかしファランガのブドウ畑は交通的に不便だったため次第に打ち捨てられ、今日見られるような大きな栗林に変わりました。所々、深さ2~3m程の、内側を石で囲われた巨大な穴を見かけますがこれは「ネヴァイオーロ」と言い、雪を蓄えるためのものでした。標高が高いこの地域では、冬の間に積もった雪や雹をこの穴に集めて木の枝や葉で覆い、氷にしていたそうです。
そうして作られた氷は夏の間、食物の保存やワインを冷やすために使われたと言います。今ではこの辺りでも滅多に雪が降ることはありませんが、もしかしたら気候が少しずつ変化しているのかもしれません。他にも自然が生み出した不思議な岩のトンネルなどがあり、童心に戻って散策しているうちに時間はあっという間に過ぎてゆきます。
道は更に奥へ伸びて別の山へ続きますが、それはまたの機会にして帰路につくことにしましょうか。森が語り掛けてくれた昔の記憶をそっと胸にしまって。
Posted by 八重樫 圭輔
八重樫 圭輔
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シェフ。函館市生まれ。大学在学中に料理人になることを決め、2000年に渡伊。現在は家族とともにイスキア島に在住。