PANORAMA STORIES
ドイツの街中に点在する世界一小さな図書館 Posted on 2022/11/06 中村ゆかり クラシック音楽評論/音楽プロデューサー ドイツ、エッセン
私が初めて、その物体を見たのは、ドイツ在住1年目のある日のこと。大渋滞を避けるためにアウトバーン(高速道路)を降り、カーナビを頼りに、何処だか解らない田舎道を走っている途中だった。目の前に広がるドイツの田園風景・・・の中に、それは突如として現れた。高さ2メートル、幅は1メートルほどだったか。緑の芝生の上に、下段から上段まで、本がみっちりと敷き詰められた公衆電話ボックスのようなガラス張りの箱が立っていた。何もない田園地帯に聳え立つ、本でいっぱいの「公衆電話型ボックス」。見慣れない光景に、衝撃を受けたことを覚えている。
ドイツでは、読書推進キャンペーンが盛んだ。秋の読書週間は勿論のこと、4月のサン・ジョルディの日には、100万人の子供たちに本がプレゼントされる。また、毎年11月には「Vorlesetag:読み聞かせの日」が設定され、街の至るところで、子供たちに本の読み聞かせを行うという全国一斉イベントが催される。このイベント、昨年は70万人近い市民が参加した大規模なものだ。こうした市民レベルのキャンペーンは、とりわけ子供を対象にしたものが多い。というのも、読書イベントの多くが、2000年のPISAショック(OECDが開催した学力到達度テストで、ドイツが世界標準を大きく下回った大事件)から始まった国をあげた教育改革に後押しされているからに他ならない。ドイツ人は、子供たちの学力向上、とりわけ分析力や理解力の向上に、読書が重要な役割を果たすと考えているのだ。
地方自治制が強いドイツでは、行政や教育同様、公共図書館も州によって管轄されている。利用や運営の方法は地域により異なるが、有料サービスの図書館が多く、私が住むノルトライン=ヴェストファーレン州でも、利用の際は料金を払う。有料といっても、ここはドイツ。サービスが著しく良いわけではないけれど、貸出延滞など厳しいペナルティ課金もあり、利用マナーの向上には一役買っているのかもしれない。
図書館開催のイベントも充実しているが、個人で読書会を開催している人も多い。私も友人に誘われてこの読書会に参加したことがある。主催者の個人宅で開催されるこのような会では、クラシック音楽演奏などのアトラクションに加え、軽食やワインなどが提供されることもしばしば。19世紀のパリのサロンの如く、一見して優雅な会だが、参加者が作品について活発に語り合うことを目的としているのは、まさに議論が大好きなドイツ人らしい。
さて、私が田園地帯で遭遇した謎の物体が、実は愛すべきものだと知ったのは、その後、ほどなくしてからだった。その正体は、「Öffentlicher Bücherschrank:公共本棚」と名付けられた小さな戸外図書館だった。もともとは、90年代に私の住むエッセン市で、要らなくなった電話ボックスを、本棚として有効活用したことに端を発しているらしい。
現在、ドイツ全土に設置されているこの公共本棚に、私は各地で出会っている。出会いの場所は、新聞屋の片隅、駐車場の脇、公園など、ありとあらゆるところ。大抵、ぽつんと立っていて、棚の形状も統一されていない。北ドイツの都市ハンブルクでは、約100台の市バス内に公共本棚が設置されている。利用方法はいたって簡単。好きな時に好きな本を棚から持ち出す。読まなくなった蔵書を本棚に寄贈することも可能だ。本棚はボランティア市民や教会などによって管理されていて、利用料はかからない。初めて見た時、衝撃すら覚えた謎の物体は、読書好きの私にとって今や、ドイツで出会った素敵なものへと華麗に変身した。
ドイツでは、読書推進キャンペーンが盛んだ。秋の読書週間は勿論のこと、4月のサン・ジョルディの日には、100万人の子供たちに本がプレゼントされる。また、毎年11月には「Vorlesetag:読み聞かせの日」が設定され、街の至るところで、子供たちに本の読み聞かせを行うという全国一斉イベントが催される。このイベント、昨年は70万人近い市民が参加した大規模なものだ。こうした市民レベルのキャンペーンは、とりわけ子供を対象にしたものが多い。というのも、読書イベントの多くが、2000年のPISAショック(OECDが開催した学力到達度テストで、ドイツが世界標準を大きく下回った大事件)から始まった国をあげた教育改革に後押しされているからに他ならない。ドイツ人は、子供たちの学力向上、とりわけ分析力や理解力の向上に、読書が重要な役割を果たすと考えているのだ。
春の訪れとともに、戸外で本を読む人が増える。読書はドイツ人の学力向上、議論好きな国民性の形成を担うだけでなく、日常を彩る欠かせない楽しみの一つだ。
Posted by 中村ゆかり
中村ゆかり
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専門は、フランス音楽と演奏史。博士課程在学中より、音楽評論とプロデュースを始める。新聞、雑誌、公演プログラム等の執筆、音楽祭や芸術祭のプロデュース、公共施設、地交体主催の公演企画、ホールの企画監修などを手掛ける。また5つの大学と社会教育施設でも教鞭を執る。2016年よりドイツ在住。