JINSEI STORIES
滞仏日記「息子の将来。父親に出来ること」 Posted on 2019/02/07
某月某日、先ほど、リサ・ビブレオから電話がかかってきて、息子が落っこちて腕と背中を強打したと言った。頭は打ってないけど、心配だから様子見ているという。壁に取り付ける型の懸垂棒にジャンプしたところ、それが外れて床に落下したのだとか。だいたい2メートルくらい落ちた計算になる。頭は、と訊いた。頭は打ってないけど、物凄い音がした、と謝られた。息子の体重は75キロ以上ある。そうとう大きな音がしてみんなびっくりしたようだった。後遺症が心配だが様子をみるしかない。東京に単身赴任しているとこういうことでいちいちハラハラする。でも、これもいい勉強なのかもしれない。不意にテレビなどの仕事が増えたので当初の予定より滞在がちょっと延びてしまった。中学卒業試験間近なので傍にいてやりたいけれど、働かないと食べてはいけない。でも、パリに親戚はなし、日本の方々とはご縁がない。というか、なんでだろう、日本人にはなかなか息子を預かってとは頼めない。息子も気にする。ま、個人的に信頼できる知り合いが多くないということもあるだろう。僕が不在の時に息子を預かってくださるフランス人家庭は当然息子の同級生のところばかり。お金は受け取ってくれないから日本からお土産を持って帰る。今回は日本酒かウイスキーを買って帰る予定だ。本当に助かっている。持ちつ持たれつとはいえ、僕は彼らの子供を預かることができないので、ちょっとだけ後ろめたい。ま、いい子に育てて、将来、みんなで笑えばいいか。
「今日は何してたの?」
「今日はリサに髪切ってもらった」
「また? 床屋行けよ」
「でも、いつも切ってもらってる人の方が安心だし」
彼が望む最近の流行りの髪型はどうやら近所の美容院では思うようにならないらしく、いつもリサがカットしている。2ブロックとかいうおかしな髪型で、そんな頭で学校行って大丈夫なのか、と心配になる。息子の趣味はビートボックスとかラップとか今時の流行りの音楽だ。東京に来る前、真剣に話し合った。「ミュージシャンを目指すのは絶対に反対だ」「分かってる。食べれないからでしょ?」「そうだ。成績もいいからそのままいい大学に入って、卒業して、安定した仕事についてほしい。その上で、音楽は」「音楽は趣味でやっていいんだよね?」「その通り」「自分は? 自分はどうなの? ジジとかババはなんて言ってたの? パパが若かった頃」「パパはこの世界で生きてきてそこが本当に大変だったからこそ、君にアドバイスしている。聞いておいてもらえたらそれでいい。もちろん、最終的に決めるのは君自身だよ。でも、経験者は語るだ」「分かってる。大学に行くし、音楽は趣味だ。問題ないでしょ」「ありがとう」「別に、それは自分で決める人生だから、お礼言われたくないし、関係ないよ」このようなやりとりをことあるごとにしている。自分で言っておいて、ひどい話だな、とは思う。でも、自由業というのはそれでも突き進める人間にしかできない。食えないとか、お金にならない、とか、貧乏覚悟、とかそういう現実を突きつけられてひよってるようじゃ絶対無理な職業なのだ。僕はそれをわざと言葉にして、わかりやすく(しつこく、うざく)説明している。最悪の状態を並べ立てて、じわじわと諦めさせていく。「ゆで上がったパスタに塩とオリーブオイルをぶっかけて食べる生活が続くんだ。それでも音楽で生きたい人がその道を選ぶ。仙人とか天使とかの仲間になれるのか?」この発言には親の気持ちが籠っている。自分がミュージシャンとしてみてきた世界の現実も含まれている。音楽は趣味でやるのが一番楽しいのも事実だ、と教える。「わかった、わかった。検討する」本当にわかっているとは思わない。でも、人生はまだこれから迷えばいい。きれいごとを言ってもしょうがない。この子の未来は所詮、この子が決めることだ。重々承知している。でも、親として、自分の経験から多少のことは話し合える。まだまだこのやりとりは続くだろう。この子が大学を卒業する頃に自分で判断して決めればいい、と僕は思っている。そうだ、僕はちゃんと思っている。