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滞仏日記「フランスの高齢出産と女流文学」 Posted on 2019/01/18 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、忙しい一日となった。明日の日仏文学シンポジウム出席のために作家の林真理子、桐野夏生、角田光代の三氏がパリにやって来た。しかし、同じ日に息子の学校の先生たちとの個人面談が重なった。夕食会と顔合わせの時間を少し遅らせて頂き、まずは息子の中学へと向かう。息子が通う中学は毎学期初めに全ての先生たちとの個人面談がある。一人一人の先生と数分間面談をするのだが、全員が一斉にスケジュール表を睨みながら校内を移動する格好なのである。親たちが廊下を小走りする姿が実に可愛らしい。親というが、年齢の幅がかなりある。14歳、15歳の親というと日本だと40前後だろうか? フランスの場合、初産が40代半ばから後半という人が結構いる。友達のOさんは45歳で初産、今は60歳でほぼ僕と同世代なのだ。ご主人は彼女よりもさらに10歳年上である。でも、彼らよりももう少し上の年齢のご夫婦も驚くほど大勢いる。なので、お子さんと並ぶと祖父母さんかと思ってしまうが、お父さん、お母さんなのである。なぜ、彼らは高齢になってから出産をするのか、と親しいOさんに、言葉を選んで訊ねてみた。フランスの女性たちは自分の人生に合わせて子供を産むタイミングを考えているから、まだ働きたかったり、遊びたかったり、恋をしていたい時に育児で人生の軌道修正を求められたくない。私の場合はぎりぎり子供を安全に産める年齢まで計画的に待ったの。私は仕事を優先したのよ。というのか、仕事をばりばりやれる時期が過ぎると人間は子育てに向かいたくなるもので、遊び盛りの若い人が無理して親になって育児ノイローゼになるより、人間が出来てから子育てをする方が家族は安定する。夫は再婚ですでに子供が4人いたから、急ぐ必要もなかったしね・・・。フランスの産婦人科のレベルは高く、高齢出産は普通になりつつある。Oさんはいまだに女性を捨てていないというのか、確かに生物学的な年齢は60歳なのだけど、とても、おばさん、とは言わせないオーラが全身から溢れていて、本当にかっこいいパリジェンヌだと思う。僕も、おじさん、とは言わせたくない。おじさんを通過しないで、どうせなら、素敵なおじい様、に直接なりたいものである。20歳過ぎたら、年齢は自分で決めたらよい。

面談が終わったら僕はタクシーに飛び乗って3人の女性作家と合流するためにパレ・ロワイヤル近くの和食レストランへと向かった。林真理子さんとは20年ほど前に北海道新聞主催の女流文学賞の選考会で一緒になった。桐野夏生さんは一度電話で飲みに来ませんかと誘われたことがあった。角田光代さんはお互い作家デビューをした30年ほど前に西荻窪のバーで隣同士だったことがあった。とにかく年齢不詳の3人である。隣が桐野夏生さんだったが、僕よりも8歳も上というのが本当に信じられない。俳優のような顔立ちをされていて、肌もつるつるだった。あまり細かく書くとフェミニストたちに怒られそうだけど、3人とも年齢を感じさせないそれぞれ独特のオーラを持った方たちである。特に普段から親しくしている人は一人もいなかったが、とっても心地よい夜となった。小説家というのはあまりつるまないし、職業柄孤独な人たちも多いけれど、作家という特殊な仕事だからこそ、やはり同業者にしか分からないことも理解し合え、思わず、うんうんうん、という感じになる。「そう、そうなんだよね!」と盛り上がるわけじゃないけど、なんとなくニヤニヤしている感じ。作家が4人も集まると、書くことの苦労とか誰にも言えない作家ならではの孤独感のようなものが自然に分かり合えるというのか、不思議なシンパシーの交歓なんかもあって、まあ、お互いとんがっていた若い頃ではないこともよかったのだろう、書き続けてきた人たちの余裕というのか、とにかく美味しいお酒の夜となった。

今回、僕は総合プロデュースのようなことをやらせて頂いた。なので、僕自体がシンポジウムに加わることはない。作家の人選とか全体図を描いたり、会場を決めたり、メディアとやりとりをしたり、どちらかと言えば裏方の仕事をやった。最近、こういう依頼が増えた。パリで長く暮らしていて、こういうことを捌けるのも見渡すと作家では僕くらいになった。そもそも日本の作家が暮らしてないのだから・・・。この3人の作家はそれぞれ個性的で多くの読者を抱えている方々なので、対するフランスの女性作家たちも実力あるユニークな方々なので、素晴らしい会になることは間違いなし、の自画自賛である。宣伝などはしていないが、ほぼ全てのシンポジウムで120パーセントを超える申し込みがあったとかで、フランスの出版会での話題は上々である。女性の出産年齢の話をしたが、シンポジウムでは日本にしかない言葉「女流文学」を掘り下げ、女性と文学の関係とか日仏の女性作家の比較などを行ない、総じて今日の文学全体像を女性作家側からの意見として総論することになる。僕の役目は終わっているので、明日は5分ほどのスピーチが終わったら、皆さんの話を端っこで訊いて終わりになるのかな。3か月間の裏方作業もひと段落したので、本番を前に、僕は珍しく酔っ払ってしまった。
 

滞仏日記「フランスの高齢出産と女流文学」