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滞仏日記「TV出演依頼が殺到するパリの日本人弁護士」 Posted on 2019/01/16 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、スティングのEnglishman in New Yorkという曲のサビの歌詞は「私はリーガルな外国人、ニューヨークの英国人なのだ」というフレーズだけれど、僕だって「正規の異邦人、パリのジャパニーズマン」なのである。久しぶりに橋本弁護士と長話をした。2002年くらいから顧問弁護士をやってくださっていて、兄のような存在でもある。この国で生きていく上で必要なイロハを教えてくださった。ここフランスで無事に生き続けることができているのも先生のおかげだ。フランスで生きるためには当然この国の法律を知らなきゃならない。僕はこの国の社会保険にも加入しているし、事業者団体にも入っている。この国で働くことのできる番号も持っているし、自動車保険にも、火災保険にも入っている。銀行口座もあるし、年金も払っているし、職能団体にも入っていて、そのすべてにフランスの法律が影響している。弁護士が必要だと最初に思ったのはビザを取得する時で、それは本当に大変の連続であった。特別扱いなどないし、警察は怖いし、それなりに過酷な扱いも受けた。冷房もない部屋で赤ん坊を抱えて何時間も待たされたことがあったし、警官に怒鳴られたこともあった。法律を遵守していても、過酷であった。警察に呼び出され、書類が一枚無いとわかれば家に取りに帰らなければならないし、警察署の前で30分、中で2時間、平気で待たされた。(今は全予約制に変わったので人間らしく扱われる)だからこそ、弁護士の存在はありがたかった。今はアメリカのグリーンカードにあたる許可証を取得できたので、そのような手間はかからなくなったが、それが外国で生きるということだ。その国の法律を守ることこそ、そこで生きる外国人の一番の仕事だと僕は思っている。だから、僕はこの国で正規に生きるために、橋本さんに顧問弁護士を依頼した。

「いや、実は辻さん、ここのところテレビ出演の依頼が増えましてね」と先生が不意に珍しいことを言い出した。ラジオ局の依頼でゴーンさん逮捕に関する日本の検察制度について語ったところ、その話を聞きつけた各テレビ局から出演依頼が殺到したのだとか。質問のほとんどは日本の拘置所での対応や、日本の検察や東京地検特捜部のやり方について。それは聞きたいだろうな、と僕も思った。知っているようで知らない世界だし、フランスでは連日、ゴーンさん逮捕に関するネガティブな情報ばかりが、たとえば、評決が先で判決が後みたいな日本的手続きの仕方や、日産のクーデター説、手錠をかけて出廷とか、弁護士の謁見の頻度とか、日産を救った国民的英雄をいきなり逮捕する強引な逮捕手法とか、弁護士の立ち合いなしでの尋問、どんどん容疑を積み上げて拘留期限を引き延ばす捜査方法とか、が取り上げられている。そこで橋本先生に説明が求められたのだった。なんて答えたのですか、と興味津々僕が訊ねると、先生はいつものかすれた声で「いやぁ、日本の司法制度や検察、東京地検のこれまでのやり方とか、法律に照らし合わせて、何一つ検察側は野蛮なことはしていないのだけど、と説明しておきました」と淡々と告げるので、先生らしい言い方だなと僕は思った。「そもそも、フランスの場合は逮捕後の数日の拘留後、予審判事の審問が1、2年続き、起訴するか否かを決めるんですが、日本の検察官は最大23日間拘留期間終了時に起訴するか否かを決めなければならないので尋問の密度が違うのは当然で単純に比較できないんですよ」先生は経験則から得た情報を朴訥と語った。そのクールな物腰が今回のコメンテーターとしての仕事に繋がったのかもしれない。世界各国のメディアは日本の検察のやり方を「そこが民主主義国とは思えない」という表現で伝えている。僕が子供の頃、田中角栄さんが逮捕された。当時日本で一番の権力者だったが、検察は粛々と動き、前代未聞のニュースを世界に届けた。ゴーンさん逮捕の一報を聞いた時、僕が真っ先に思い出したのは、あの日の衝撃である。

僕はゴーンさんの逮捕に関してはちょっと違う角度で分析している。同時期に起こったジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動との何か同時代軸的な関係性を覚えてならない。それは金持ち対そうではない人たちとの闘いのシンボルに、このゴーンさんの話題が今後大きくクローズアップされるかもしれない、という感想。年が明けてますます勢いづく黄色いベスト運動は労働者階級の人たちの不満が爆発した形だが、彼らからするとゴーンさんにかけられている容疑は自分たちの行動を裏付けるもの。だからか、ゴーン問題を騒ぎ立てる一部の人たちとの間に不思議な乖離を生み出している。フランスのメディアが今注目しているのは人権的扱いの側面が大きく、それはその通りで、僕もそこはもう少し方法がないかとも思うけれど、しかし、もっと俯瞰で見ないとこの問題の本質が見えてこない気もする。まず、ゴーンさんはフランス市民の世論の支援を受けていない。(ここまで書いたところで橋本先生から今、メールが届き、ジャーナリスト側も応援してない印象が強い、とのこと)むしろ、日本の検察の行動が真実を引き出すならば、だから俺たちは搾取されていたんだ、という展開に今後さらに発展するのじゃないか。では、この事態を一番警戒しているのは誰であろう。その人たちはこの問題の着地点をどう見ているのだろう、と想像してしまう。日本でもちょっと間違えた印象が報道されているように思う時があり、決してフランスの世論はゴーンさんのことをフランスを代表する英雄とは捉えていない。フランスは暴動を起こす怖い国、というニュースや意見を日本から受け取る度、そうじゃないんだけどな、と僕は首をひねってしまう。ま、それはおいといて。むしろ多くのフランス人は日本の労働者と同じ目線でこの事件を見守っている気がする。裁判の結果、ゴーン神話が崩壊した時に、世界が何を語るのかを聞いてみたい。きっと、今とは違う意見が大半な気がする。フレンチマン イン 東京(もしくはレバニアンイン東京)なのだけど、そこには東京の司法制度がある。(彼はフランス、レバノン、ブラジルの三つの国籍を持つレバノン人)パリで生きる僕はフランスの司法制度に従う。そこで生きる人ならば当然のことかもしれない。
 

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