JINSEI STORIES
滞仏日記「違い過ぎるフランス流教育」 Posted on 2019/01/08 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、またいつもの日常が戻って来た。新学期が始まったのだ。朝、7時に目覚まし時計が鳴り響く。朝ごはんの準備は前の日の夜に終わらせていたので(今朝は残り物で拵えた麻婆肉団子丼)、温めて息子の部屋に届ける。7時40分丁度に息子は家を出ていく。まだ外は暗い。階段のあかりを付けるのが僕の役目というか、義務みたいなものかな。言葉を交わす代わりに電気を点けてやって、なんとなく見送る父親の愛情を演出している。階段を駆け足で降りていく息子を見下ろし、なんとなく納得したらドアを閉める。
中学卒業試験(ブリュベ)というのが迫っているので、息子は毎日のように試験。夜の19時半に戻って来て、夕食を食べた後、寝るまで宿題に追われている。予備校の名物数学教師杉山明日香氏が遊びに来た時にフランスの中学生のレベルを知りたいというので息子のテスト用紙を見せたら、これは日本では考えられないレベルだと驚かれていた。総じて、フランスの教育内容は難しいと感じる。例えば日本の場合、答えを求めてくる試験が多いが、こちらではあらかじめ答えは用意されていて、その過程が空欄になっている。フランス語でも歴史でも、答えを求めてくる試験より、歴史や事実を組み立てて、自分の言葉で説明するものばかり。昨日の夕食の時間に、「パパ、ちょっと相手をしてほしい。これから第二次世界大戦がなぜ起きたのかを説明するので」と意味の分からない依頼を受けた。テストがあるのだという。正確な年代を覚えたのか、と訊いたら鼻で笑われた。「正確な年代が大人になって役に立ったの?」息子がしゃべりだしたのは第二次世界大戦時の欧州各国の軍事バランスとそこに関わった人間たちの心理的歴史的民族的背景についてであった。フランス語の試験などまるで心理学や哲学のそれに近い。(ただ、綴りには厳しい)
そういえば、日本は大学受験に向けて塾に通う子が多いが、こちらはそもそも塾がない。(確か日本の塾が進出していて話題になった時があった)少なくとも息子の周辺の子たちはどこにも通ってない。宿題の量が半端ないのでそれを終わらせるだけで深夜になる。家庭教師に教わっている子はいるが、息子の担任は「家庭教師に習うくらいならば、僕が正しいことを教えるから、僕に電話をしなさい」とクラス全員に携帯の番号を教えた。勉強は学校で百パーセント消化できるというのがその先生の持論であった。とはいえ、優秀な家庭教師もいるから、個人的には探しているのだけど、これ以上彼の時間を奪っていいのか、親としては悩むところだ。パリでは、外で遊んでる子供をあまり見かけない。夕刻以降は基本、大人たちの世界で、子供たちの姿は見ない。渋谷のような場所はフランスにはない。
息子に言わせると中学卒業試験は簡単なのだそうだ。ただ、何点で突破するか、を学校側は気にしているようで、それが高校になってからの進路を決める上で大きく影響するのだとか。ちなみに高校卒業試験をバック(バカロレア)と呼ぶ。バックは全員が取得する義務はないようだが、これを何点で突破したかで、行ける大学が振り分けられる。実はあんまり細かい制度のことはわからない。息子は春までに自分の将来の進路を学校側に提出しないとならない。音楽や文学に興味がある、と個人面談の時に話したら、校長先生に怒られたのだとか。どうりで僕を見る目が冷たいと思った。