JINSEI STORIES

滞仏日記「パリ忘年会で思う、もう一つの日本」 Posted on 2018/12/30   

 
某月某日、パリの料理仲間たちが集まって我が家で忘年会をした。ポルトガルから帰宅後,あわただしく買い物に出かけ、ササっと料理を拵えた。集まったメンバーの中に日本人の両親を持つフランス人男性が一人いた。K氏は37歳、現在某高級和食レストランをパリ中心部で経営している。もともとはフランスのグランゼコール(日本の東大にあたる)の出身でその後銀行員を経由し、若くしてトレーダーとして成功、英国などで活躍した。数年前に稼いだ資金をもとに夢だったレストランの1号店をパリに出した。現在は二軒目になる高級和食店を日本人の知り合いと共同経営している。僕は息子にK氏を紹介したく、この忘年会を企画した。親戚が一人もいない息子にとってこの国で生きていく上で同じような境遇の人たちとの出会いは大きな指針となる。K氏はフランス人だが、日本人の勤勉さも兼ね備えている。日仏の文化経済観念を武器に、欧州でうまく渡り合って生きてきた。フランスで生まれ育った14歳の息子にとってそういう先輩の存在は大きい。おとなの席には滅多に顔を出したがらない息子だが、K氏の子供時代の話に引き込まれたようで、最後までテーブルに留まった。作戦成功である。

K氏は自分の父親のことをまず語った。K氏の御父上はほとんどフランス語を話せないらしい。そこが僕と共通している(そこが息子の好奇心を刺激した)。ファッション関係の輸入業で財を成した御父上だったが、K氏に言わせると日本語だけで押し通しての成功でもあった。厳しいお父さんだったようで、まず大学に行くことに反対をした。幼い頃から寄宿舎に入れられ、男は大学なんかいかないですぐに社会に出て金を稼げとここパリで言われ続けたのだとか。K氏はそれに反発して超難関でもあるグランゼコールに入った。反面教師とは違うけど反発が彼のバネになったのかもしれない。でも、御父上はダイナミックな人だということが良く伝わってくる。勉強をしろと言われると子供はしない。「しなくていい、学校なんかいくな、働け!」と言われると子供というのは勉強をしたがる。しかし、勉強をしたからといって、御父上は学費さえ払わなかった。結局、K氏は卒業までにかかった借金を卒業後自力で返済している。しかも、この国で彼はエトランジェ(外国人)の両親を持つ子供・・・。寄宿舎時代は相当イジメにあったという。そういう話を面白おかしくK氏は息子に語って聞かせた。このなんでもない他人の身の上話が14才の我が子には同じような環境で生きた人の教えとして耳に届いた。父親の言葉よりもずっと重みがあったのだろう。彼がそこから何を感じたのかわからなかったが、集中して聞くその姿勢になにがしかの決意を感じた。

アメリカは移民の国である。アイリッシュやイタリア系移民があの国を動かしているといっても過言じゃない。建国間もないアメリカで生まれた世界各国の移民の子供たちはK氏のような先輩同胞の声に耳を傾け、闘志を燃やしたのじゃないか。数が少ないからこそのスクラムの力がある。かつて日本も多くの移民を世界に送り出した。ブラジルやハワイやアメリカに大勢の移民の子孫がいる。けれど、近年、移民という概念は日本にはない。アジア人で移民と言えば圧倒的に多いのが中国だ。次が韓国だろうか? 世界中どこにでも大きな中華街があり、コリアンタウンが存在する。パリにもオペラ地区がかつては日本人街と言われたが、今はその勢いにも翳りがある。日本人が経営するレストランは半減し、しかもその食材は韓国系中国系の問屋を経由していたりする。渡仏直後の17年前はまだ日本人経営者のレストランがたくさんあったが、オペラ地区は今、アジア人街へと変貌を遂げつつある。そもそも徒党を組みたがらない日本人なので、本格的にフランスへの進出を考える人たちはオペラ以外で店を構えている。民族性の違いというものがあるのだろう。日本人はフランス社会の中に溶け込み混ざっていく傾向が強い。一度混ざるとフランス側に傾斜していく。ここが日本人の特徴と言えるかもしれない。日本人同士でいつもつるんでる人たちもいるが、気のせいか、そういう人たちは結局フランスに馴染むことが出来ず、早々に国に引き返している。

フランス生まれの息子だが、祖国は日本であり、日本のことが気になる。K氏と同じような境遇のユーチューバーたちの発信する日本愛番組を僕らはよく一緒に観る。ルイさんという若い日仏ハーフのユーチューバーがこちらでは人気だが、日本で少年期を過ごした彼の日仏感はとっても興味深い。フランスの若者たちにとって日本の価値観文化観には憧れが大きい。いや、フランス人だけではない、中国系韓国系フランス人の若者たちも日本のことが大好きだ。政治ではぎくしゃくが続いているけれど、その反対の印象を、少なくともここフランスでは感じる。マスコミのとらえ方というのか記者たちの偏った見方に違和感を感じることも少なくない。うちの息子から言わせると子供たちの間には政治的国境はなく、みんなお互いの国のことをリスペクトしあっている。ルイさんが発信する日本はちょっと奇妙だが、ニュースなどで伝わってくる硬い日本ではなく、一番ナチュラルな若い世代特有の自由な日本像を投影している。日本の精神は今、K氏やルイさんや或いはうちの子たちによって世界に伝えられているのかもしれない。オリンピックを目前とした日本がそういう発信にこそ、気持ちを合わせていくことが大事なのじゃないか、と思った。
 

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