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サンタクロースの手紙は、字が震えている Posted on 2018/12/24 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン

昨年のクリスマス、友人からわが家に贈られたプレゼントが、J. R. R.トールキンの『サンタクロースからの手紙』(Letters from Father Christmas)という書簡集でした。『指輪物語』で名高い作家トールキンが毎年サンタクロースになりきり、4人の子どもたちのために1920年から24年間にわたって書いた手紙が集められています。原書では、ページに貼られた封筒の中に、本物の手紙のようなファクシミリ版が折りたたんで収められています。クリスマスが来るたびに、暖炉やテーブルに置かれた手紙を発見して封を開けたトールキン家の子どもたちの興奮を、読者も追体験できるのです。
 

サンタクロースの手紙は、字が震えている

シロクマや「南極から疎開中」のペンギン、それにゴブリンやエルフといった妖精たちとともに北極に住むサンタクロースの暮らしは、トールキンらしいファンタジーに満ちています。オーロラ花火や雪景色をデザインした北極発行の切手、手紙を彩る飾り文字や絵に趣向を凝らしているのも見どころです。そして、ユーモアを込めて子どもたちへの愛を綴るサンタクロースの筆跡は、老齢と寒さのために細かく震えています。

トールキンが最初のサンタクロースの手紙を書いたのは、1920年、長男のジョンが3歳のときでした。お父さんにサンタクロースがどんな人か、どんなところに住んでいるのかを尋ねたというジョンに宛てて、サンタクロースの自画像と北極の家の風景画が添えられています。文面には、「これからオックスフォードへ、おもちゃをたくさんもってしゅっぱつするところ。きみのもあるよ」とあります。
 

サンタクロースの手紙は、字が震えている

私も3歳になった娘のために、トールキンを真似して、サンタクロースになりきって手紙を書くことにしました。娘が字を読めるようになって迎える初めてのクリスマスでもあります。

実は私自身は、娘に字を教えるのは急ぎたくないと思っていました。耳から聞いた声だけでお話に想像を巡らせるのは、幼少期だけの特権だという気持からです。けれど、トールキンの書簡集に出会い、「子どもだって、自分だけのために書かれた手紙を自分で読む喜びは格別のはず」と気づかされ、折しも字への興味を見せ始めた娘と一緒に、ひらがなを練習するようになりました。
 

サンタクロースの手紙は、字が震えている

娘が通う近所のモンテッソーリ幼稚園では、担任のアンナ先生が一対一でアルファベットを教えてくれています。モンテッソーリでは、書きやすいものから1字ずつ、最初から手を動かして、書き方と発音を練習していきます。「エー・ビー・シー」という呼び方は後まわしで(たとえば「A」は「エー」ではなくて「ア」)、まずは字を書いていくのです。
 

サンタクロースの手紙は、字が震えている

ある日、先生が点線で書いた「M」の字をなぞった紙を見せながら、娘は「はっけんざんかくれんしゅうした! えいごではアッペンダンていうんだよ」と興奮気味。アンナ先生は「M」のお手本を示す際に「アップアンドダウン・アップアンドダウン」と説明するのですが、娘にはそれが、英語風の(あるいはアンナ先生らしいイタリア語なまりの英語風の)「はっけんざん」に聞こえるらしいのです。ちなみに八剣山(はっけんざん)とは、おばあちゃん家がある札幌で果物狩りに出かけた山で、山頂にはちょうどMの字のように切り立った岩が見えます。
 

サンタクロースの手紙は、字が震えている

この発想には笑いましたが、子どもは字の読み方よりもまず形に興味をそそられるようで、だからこそ、モンテッソーリでは「読み」より「書き」を先行させるのでしょう。トールキンがサンタクロースの震え文字にこだわったのも、独特の文字が子どもたちに好評だったからに違いありません(もちろん、筆跡から書いた人の正体がばれにくいという効用もあります)。

娘は今年のクリスマス、欲しかった絵本のプレゼントとともに、人生初の自分宛ての手紙を発見するでしょう。そこには、「じがよめるようになっておめでとう」というメッセージが書かれています。もちろん、震える字で。
 

サンタクロースの手紙は、字が震えている

 
 

Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。