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フランスに夏の音楽フェスティバルシーズンが到来! Posted on 2018/06/29 広瀬 悦子 ピアニスト パリ

今年もまた夏のフェスティバル・シーズンがやってきました。フランスには大小含めて2500もの音楽フェスティバルがあると言われており、その大部分が夏季に集中しているため、バカンスでのんびりしている家族連れを尻目に、演奏家は音楽祭のはしごをしながら練習に明け暮れる毎日です。
 

フランスに夏の音楽フェスティバルシーズンが到来!

ヨーロッパの夏は湿度も少なくカラッとして夜の10時くらいまで明るいため、野外コンサートも数多く、普段の演奏会とはまた違った雰囲気に包まれます。タイムスリップしたような中世の面影残る城塞に月光の降り注ぐ中でのコンサートや、星空の下、海を臨む高台のステージ、また「水」をテーマにプログラミングしたリサイタルでは、広大な芝生の公園でピアノの前に池があり、池越しに聴衆が聴いていたこともありました。
 

フランスに夏の音楽フェスティバルシーズンが到来!

ただ野外だからこその悩みもあり、夏なので蚊が多く、全身の肌にこれでもかという程の虫除けスプレーをかけて挑まないと、痒くて演奏どころではなくなったり、室内楽やオーケストラの場合は、明りに誘われて大小さまざまな虫が飛んできて楽譜に留まり、音符か虫か分からなくなるという事態も発生します。時間によってはセミやコオロギがやかましくて音楽の妨げになったり、楽譜が風で飛ばされないよう洗濯バサミで頑丈にガードしなければいけなかったりと、いろいろ対策も必要です。


中でも私にとって一番印象深かったのは、標高2800メートルでの屋外リサイタルです。ピレネー山脈のふもとで20年間続く音楽祭では、毎年フェスティバル初日にグランドピアノをケーブルカーで山頂のピック・デュ・ミディまで持ち上げ、コンサートを行っています。ここの展望台には、19世紀末に建設され今もなお続くヨーロッパでも有数の天文台があり、フェスティバルの創始者が天文学好きだったことから始まりました。
 

フランスに夏の音楽フェスティバルシーズンが到来!

リサイタル当日は、山にはありがちなのですが天候不安定のため決行が懸念されていて、私が山頂に到着した時には展望台を真っ白な雲が覆い、どこにいるのかも分からない状態でした。それでも聴衆は集まり、ピアノも直前まで外気温や気圧に慣らすため入念な調整が行われ、私はといえばせっかく楽しみにしていたのにこのまま雲の中で弾くのだろうか、天気が崩れて嵐になったらどうしようなどと不安に駆られ、気が気ではありませんでした。ところがいざコンサートが始まると、奇跡のように雲が晴れ、周囲の山々が姿を現したのです。見渡す限り山頂が連なる壮大な景色を舞台に、大自然と音楽の融合から得られる霊感やパワーを感じながらの演奏はまさに非日常で、ひたすら幸せな時間でした。
 

フランスに夏の音楽フェスティバルシーズンが到来!

それでもやはり高地で酸素が薄いため、普段余裕で弾けるパッセージでもすぐに疲れてしまうのでテンポを少し落としたり、反響板がなく音が散るためいつもより音圧を上げたり、後半は風が吹き始めて手が冷えたりと四苦八苦はしましたが、それを補って余りある貴重な経験でした。途中、フクロウが演奏に呼応して遠くから歌ってくれるなど、嬉しい援護もありました。終演後、山頂から眺めた沈みゆく夕日は、幾重にも折り重なる山々を淡い墨絵のようなグラデーションに染め上げ、それは息を呑むほど美しい感動的な光景でした。
 

フランスに夏の音楽フェスティバルシーズンが到来!

夏の音楽祭でよく遭遇する、このような現実離れした魅惑的な別世界は、普通のコンサートホールとは違ったひらめきをもたらしてくれます。その素晴らしい体験を後になって時々思い出すのは、次への活力の源となります。山頂コンサートの後に聞いたのですが、ショパンのロマンスを演奏中、鷲が音楽を慈しむかのようにピアノの上空をゆっくりと2回大きく旋回して飛び去って行ったそうです。天空を舞う鷲にも音楽は届いたのでしょうか。
 
 

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広瀬悦子、CDリリース・コンサート情報

< CD >
リアプノフ『12の超絶技巧練習曲Op.11』発売中

< コンサート >
8/23 フランス・パリ、カルーセル・ド・ルーヴル 「SHIP’S CAT」展
(日仏友好160周年、京都・パリ友情盟約締結60周年記念)内、ミニコンサート
9/5 松山 ローズホール いよてつ高島屋 9F
9/8 名古屋 宗次ホール
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フランスに夏の音楽フェスティバルシーズンが到来!

 
 

Posted by 広瀬 悦子

広瀬 悦子

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Etsuko Hirose
ピアニスト 
ヴィオッティ国際コンクールとミュンヘン国際コンクールに入賞後、1999年マルタ・アルゲリッチ国際コンクールで優勝。1996年パリ・エコール・ノルマル音楽院、1999年パリ国立高等音楽院を審査員全員一致の首席で卒業し、併せてダニエル・マーニュ賞を受賞。世界各国でリサイタルや音楽祭に参加。2001年デュトワ指揮NHK 交響楽団との共演をはじめ、バイエルン放送響、オルフェウス室内管ほか国内外のオーケストラと数多く共演。2007年4月、ワシントンD.C. のケネディセンターでリサイタル・デビュー。日本コロムビアやMIRAREからCDがリリースされている。