JINSEI STORIES
リサイクル辻食日記「寒くなったら心と身体を温める、グーヤッシュを探す旅!」 Posted on 2023/01/18 辻 仁成 作家 パリ
寒くなると父ちゃんと息子くんが必ず食べたくなる料理がある。
辻家定番中の定番料理、それはグーラッシュだ。
日本語でいうならば、牛肉のパプリカ煮込みとでもなるのか・・・。
これが食べると心も身体もホカホカする。カレーとも違うし、シチューでもない。
でも、こういうものが好きな人たちならば、絶対好きになること請け合いの伝統料理・・・。
お客さんが来る日があればグーラッシュと赤ワインで十分に豪華なパーティになる。そこがカレーライスとはちょっと違う点かもしれない。
しかも肉はシチュー肉でいい。
辻家では煮込み用の一番安い肉(硬い肉)で作ってる。
煮込むから、柔らかくなるので、安い硬い肉の方がうまいのである!!!
ということで、今日の辻食日記、・・・
欧州、とくに東欧の寒い季節に大人気、煮込み料理の定番を巡る懐かしい旅の物語をお届けしたい。
実は従妹の今村輪がウィーンで四半世紀ほど料理の先生をやっている。
その従妹直伝のウィーン風グーラッシュがぼくの得意料理に加わったのは自然な流れだったかもしれない。
その時、「この料理はハンガリーにもある」と従妹が教えてくれた。
「どうも、ひとちゃん、ハンガリーがその起源のようなんだけどね」
「ほ~、そうなのかね」
グーラッシュのことをもっと知ってみたいと思い、私は助手の息子を連れ立って、ハンガリーの首都ブダペストへと赴くことになった。
ブダペストである。
これが、ウイーンとブダペスト、似て非なる都市で、好みは別れるけど、ブダペストは侮れない。
素晴らしい都市である。
オーストリアやフランスではグーラッシュと呼ばれているが、ハンガリー語ではグーヤッシュだ。
しかし、注文してみると、え、え、え?
スープが出て来た。
なんでも、グーヤッシュ・レヴェシュというスープ料理が一般的なのだ。
ハンガリー人にとってグーヤッシュは日本の味噌汁みたいな存在だと思って頂いてもよいかもしれない。
オーストリアやドイツ、フランスなどでグーラッシュと呼ばれているものはいわゆるシチューを指す。(ハンガリーではペルケルトと呼ばれている)
なので、ハンガリーでグーヤッシュください、というと、スープとシチューの二種類が示されることになる。
最初はちょっと混乱してしまい、出て来たスープを覗き込んで、ぽかんとしてしまった父子であった。笑。
グーヤッシュは東欧のほぼすべての国で食べられているだけでなく、それがモンゴルに渡って、グリヤシと呼ばれる羊肉のシチューへと変化した。
すごいぞ、グーヤッシュ!
日本のハヤシライスも実はもともとグーヤッシュなのだ、という面白い説がある。
ハヤシライス、グーヤッシュ、確かに、似ている!!!
フランスでもグーヤッシュはとっても人気で、どこの肉屋にいっても、グーヤッシュ用の肉をくれ、といえばすぐに奥から出て来る。(なぜか、奥から、出て来る。黒い塊のめっちゃ硬い肉だ)
この肉がブフ・ブルギニオンとどう違うのか、さて、ぼくにはわからない。
同じだという肉屋と、微妙に違うという肉屋とに分かれる。
すね肉のようなものを使うのだけど、うちの近所の肉屋の真面目なおにいちゃんは、同じすね肉でもグーヤッシュならグラ(脂身)の多いものじゃなきゃあかん、とうるさい。
もしかするとオリジンがハンガリー人なのかもしれない。
ぼくが日本でグーラッシュを作る時、一番困るのはこの肉問題である。
日本の肉は上等過ぎて、しかも赤身肉が欧州に比べ充実していない。
脂身が多すぎて、あのざらっとしたボサボサ感が出ないのである。
ぼくは年に何度か出張料理人をやるが、前回は80人前のグーラッシュを作る時にこの肉の煮込み時間の問題で相当に悩みぬいた。
高級肉屋で買った肉では思ったようなグーラッシュができなくて、わざわざ東京中を探し回り、肉のハナマサでやっとそれに近い肉をゲットした。
ぼくは20才の頃、肉のハナマサが経営していたハンバーガー屋でアルバイトをしたことがあった。
ちょうどECHOESを結成した頃のことである。
さすが、こういう肉はハナマサに限る。
結果、寸胴鍋の傍にはりつき、日本の肉が東欧の肉に変化するまで、半日、付きっ切りになってしまった。
なんといっても、80人分だからである!
ところで本場ハンガリーのグーヤッシュ、美味しいのかと言うと、悩むところだ。
もちろん、美味しいものにあたれば美味しい。
どれだけ丁寧に、食材を選んで作ったのか、その料理人の腕前がわかるというものだ。
日本でカレーを注文するのと一緒で、全部どれもカレーなのだけど、ハズレもそれほどないが、大当たりに出会うのもなかなか難しい、という、まさに、あの感じ?(笑)
ぼくと息子は観光客が行かないような家庭料理の専門店ばかりを狙ってグーヤッシュを食べ続けた。
どこの店に行っても、グーヤッシュは置いてあるが、どこのグーヤッシュの味もそんなに変わらなかった。笑。
そもそも庶民の味だからあまりごちゃごちゃ言っちゃいけない食べ物なんじゃないか。
きっと、ハンガリーの母ちゃんが作った方が、だんぜん、美味しいのに違いない。
つまり、グーヤッシュはハンガリーの代表家庭料理ということになる。
グーヤッシュの他にも、ハンガリーを代表する家庭料理、つまりソウルフードはいろいろとある。
ジャガイモにサワークリームをたっぷりかけたラコット、鶏肉をパプリカでクリーミーに煮こんだチルケパプリカーシュ、ハムとチーズを仔牛肉で重ねたフライ、それからソーセージの料理も各種揃っている。
いやぁ、たまらんですね。
ハンガリー、すごいぞ!!!
ドイツやオーストリアなんかと味が重なるが、全体的に素朴な味付けになっている。
とにかく、パプリカを多用するのが特徴かもしれない。
どのレストランにいっても、塩と胡椒の小瓶の横にもう一つパプリカの小瓶が置いてあるのである。
パプリカ、辻家では、使用頻度が高いので、でかいカンカンのパプリカを使用!!
あ、ハナマサで売ってます。
ハンガリー人はお米を食べる人たちなので、日本人であるぼくらにその料理はとっつきやすいかもしれない。
薄味のピクルスもキュウリの酢漬けもどこか日本のおしんこを思い出させる。
そう考えるとハヤシライスの起源、あながち間違いではなく、やはり、グーヤッシュなのかもしれない。
グーヤッシュライス、ヤッシュライス、ハヤッシライス、・・・なるほどね、ありえるかも。((´∀`))ケラケラ。
ブダペストへ行くなら、ハンガリーキッチンフードを思う存分食べて頂きたい。
ここがもしかすると欧州の胃袋の付け根だったりするのじゃないか。
しかし、ぼくが個人的に一番感動したのはボスコロホテルのニューヨークカフェで食べたシュニッツエルであった。
ミラノ名物ミラネーゼやウィンナーシュニッツェルよりも数倍美味かった。
あれはもしかするとラードか何かで揚げているのだろうか?
あの風味、触感、満足感、格別だった。
期待しないで口に入れた瞬間、私の胃袋は一瞬にして時空を飛び越え、ハンガリー帝国の夢を見ていた。
ハンガリーの大衆食堂で一皿400円くらいで食べられる庶民の味も、ニューヨークカフェに行けば4000円だ。
パリの一流店と同じ金額を出せばパリに負けない味に出会えるということだが、それでいいのかどうか、悩む・・・。
それは旅人の胃袋とお財布が決めることかもしれない。
いや、400円の勝ちかな、つまり、ハンガリーを体現できるという点において・・・。
次回、ぼくはいつ、ブダペストに行くことが出来るだろう。
ぼくがおすすめする、最高欧州都市、その街をの込んだようなグーヤッシュ、いつか、あなたにも食べてもらいたい。