実は、ぼくはフランスが大好きだったからここで今暮らしているわけではない、のである。
むしろ逆で、フランスで暮らすことなど想像もしていなかった。
人間の運命というものはまことに不思議なものである。
この地で生まれた息子はフランスの大学へ進学するために日々頑張っているのだけど、彼だって、日本人でありながら、フランスでたった一人、フランス人たちの中に交じって生きることになるだろうとは、生まれ出る瞬間には、思いもしなかったことであろう。
で、実際、「なんで、ぼくはこんな運命なんだろう」と言われたこともあった・・・。おお、すまん・・・。

その息子が社会人になるまで、あと数年、というところにまで迫った。
フランスとの、このご縁をいったい、なんと言い表せばいいのか、わからない。
ぼくはアメリカにはまた行こうと思っていたのだけど、気が付いたらフランスにいたのである。
フランス人にも「なんで、ユーはここで暮らしているの」と言われ続けた。
「わからない。でも、それが運命なんだよ」
その通り、これが運命というものだ。
ぼくのような父親と二人で生きなければならない我が子も、運命の導きで、今、ここで生かされている、のである。

しかし、ここフランスで暮らしたことでぼくは様々なことを学ぶことも出来た。
とくに自由と個人主義については、日本にいた頃とは違った意識を持っている。
集団の中で和を持ってよしとする日本と徹底した個人主義にこだわるフランス・・・。
どっちがいいとか、悪いとか、ということではない。
この二国を経験出来たことは作家にとって何よりの勉強となった。
ぼくは、言葉を生業にしているわけだから、違う言語圏で生きることになり、そのことがもの凄い影響をぼくに与えたのは、確かだ。
接続詞や、動詞の変化や、文法、言語構造の違いなどが、そのまま、ダイレクトに思考に刺激を与えた。
フランス語から、多くのことを学ぶことになった。
 

La curiosité est un vilain défaut. という言葉がある。
「好奇心とは醜い欠点である」とでも訳すのだろうか・・・。
こっちで、人の噂ばかりしていると、この言葉がポンとかえって来ることがある。
ここで使う la curiosité（好奇心）はあまり良い意味ではなく、どちらかというと、他人のあれこれを詮索する野次馬根性というような意味での「好奇心」なのだ。

フランス人だって好奇心旺盛だし、噂話も好きなのだが、最後はいつも、
Mais, cela ne nous regarde pas. 「ま、私たちがとやかく言うことではないわな」と結ぶのである。ほー、なるほど・・・。
３人組のフランス人漫才トリオが噂好きの人たちを揶揄った有名なコントでも繰り返し使われた。
フランス人の噂話にはつきもので、どっちかというと自嘲気味に使うのである。
どこか、大阪人の「知らんけど」に似ている。
ええ？　知ってるやん！！（笑）。

一般的に他人のプライベートに首をつっこむことはフランスではタブーだ。
何もしらない外国人が、フランス人に立ち入った質問をしたりすると、
Occupe-toi de tes affaires!
「自分の世話をしてろ！」
と一蹴されてしまう。
日本語で言う「余計なお世話」ということである。
あるね、日本にも素敵な言葉が！！！
 

ある日、息子の小学校にお母さんが二人いる男の子が転校してきた。
男女の夫婦ではなく、女同士で家庭を作ったということである。
詳しくは知らないのだけど、フランスでは、それが可能なのだ。
興味を示したクラスメイトたちが「どうして君にはお母さんが二人なの？」とその転校生を質問攻めにした。
子供だから、その辺は純粋に疑問を持って聞いた、のである。
すると担任の先生がその子に代わって、こう言い放ったのだ。
Parce que c’est comme ça!
「なぜなら、そういうことだからよ！」
そして、その質問はそれで終わり。
子供たちはみんな「ほー」と納得し、それ以来、誰もその転校生に同じ質問をぶつけることはなったのだとか……。
「そういうことなんだから、そういうことだよ！」
と締めくくる息子に、なんでなんで?　それでおしまい?　と訊き返したら、
「Occupe-toi de tes affaires!」（自分の世話をしてろ！）
と言われてしまったのである。（笑）。
やれやれ、ぼくが一番噂好きな日本人なのかもしれない。

昔、ミッテラン元大統領が記者から「大統領、あなたには愛人がいるそうですが？」と質問され、即座に「Et alors? （だから？　どったの？）」と返したのは、世界的にも有名な話・・・。

マクロン現大統領だって、25歳年上の奥様がいる。
事実を隠すこともなければ、彼の大統領としての評価に影響を及ぼすこともない。
ワイドショーがマクロン夫人の元夫を追いかけ回して騒ぐこともほとんどなかった。
下世話な週刊誌も存在するけれど、その内容が表舞台で議論されたりはしないのだ。
あ、そもそも、ワイドショーというものが存在しない（笑）。
ぼくがフランス人だったら、もう少し楽な人生を歩くことが出来ていたかもしれない。あはは、・・・。

そういえば、アメリカのクリントン元大統領がモニカ・ルインスキーさんと「不適切な関係」をお持ちになって弾劾裁判にかけられたことがあったが、その時、友人のフランス人が面白いことを言った。
「アメリカ人ってのはあんなに優秀な大統領をあの程度のことで裁判にかけちゃうんだから、愚かな連中だ。フランスならまず国益を優先するから、不倫で裁判になんてならないものね」
日本人のぼくは、その考え方に、衝撃を覚え、ひっくりかえった。
へー、確かに、国が違うと、こんなにも考え方が違うのかと、驚いたものである・・・。
もっとも、これはその時のフランスの友人の見解であって、ぼくは、不倫は絶対いかん、と思っている・・・。
当事者同士が納得しているものごとや関係を、他者が「好奇心」でかき回すことはフランス人にとって最も「醜い」こと、なのだ、という話しである。
最初の言葉、「好奇心とは醜い欠点である」に行きつくわけなのだけれど、ぼくも気を付けなければいけない・・・。
自分の世話だけしていましょう。

つづく。
 

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