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ロックコンサートの熱狂をクラシック音楽にも! フランス・ナントの音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」 Posted on 2018/02/18 広瀬 悦子 ピアニスト パリ
フランス北西部、ロワール河畔に佇む都市ナントでは、毎年1月末から2月初めにかけて、世界最大のクラシックの祭典「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)」音楽祭が開催されます。
すっかりナントの冬の風物詩として定着し、24年目となる今年も、5日間で有料コンサート約300公演、14万枚近くのチケット売り上げを記録しました。
クラシック音楽でこの数字はまさに驚異的です。創設者のルネ・マルタン氏は、もとはバンド少年で、ロックのアリーナ・ライヴのような熱狂を、クラシックでも皆で同じように分かち合いたい、という思いから始まりました。
クラシックコンサートが初めての人にも配慮して、この音楽祭でのコンサートの時間は45分と短く、したがってチケットも低価格に設定されています。それでも質やプログラムは迎合せず、むしろ通常なら集客の都合から敬遠されがちなコアなプログラムでも、この熱狂の渦の中では好奇心を煽ってほぼ全て完売。隣接する8会場で、朝9時から夜11時近くまで入れ替わり立ち替わりコンサートが行われるので、複数の演奏会のはしごも可能ですし、0歳からのコンサートなどもあり、とにかくあらゆる人々に門戸を広げたいという意気込みが感じられます。
フランスで他にも数々の重要な音楽祭やCDレーベルを手掛ける辣腕プロデューサーのルネですが、「影武者がいるんじゃないか」と囁かれるほど、あちこちのコンサートに神出鬼没に現れ、とにかく音楽を心底愛して自分自身が率先して楽しんでいる様子。そんな彼の音楽への迸る情熱とポジティブな姿勢が、スタッフやアーティストにも伝染して、この音楽祭独特の熱気を生み出しているのです。
ナントで始まって以来、この革新的なコンセプトは世界中から熱望され、スペイン、ポーランド、ブラジル、ロシアと世界各地に広がりを見せ、東京でも2005年から毎年開催されています。
私も2010年から参加していますが、演奏する側としても、このように大量のアーティストが一同に会する機会は滅多にないので、音楽家同士、世代や国を超えて友情が芽生え、音楽への熱い思いで結ばれたフレンドリーな雰囲気に満ちています。自身が演奏するため、もしくは合間に互いの演奏を聴くため、とにかくホール間を行き来するので、お客様と鉢合わせて交流の機会も増え、距離感の近さ、親近感が生まれます。実際初めてこの音楽祭でクラシックに触れてハマってしまったという人にもたくさん出会いました。
私が賛同してやまないもう一つの理由は、ルネの視線が単に利益追求に徹することなく、弱者にも向けられている点です。ナントでの開催期間中には、普段コンサートに出かけることが叶わない人達の所へアーティストを派遣し、無料の演奏会が必ず催されます。私も、退職した聖職者の集まる老人ホームや、恵まれない子供達の施設、病院など、毎年さまざまな場所を訪れ演奏してきました。そういった場所では、シンプルに美しい音楽を享受するというとても温かな空気感が生まれ、喜びに満たされた感性豊かな反応に、私の方がエネルギーをもらって帰ってくるのです。
今年の音楽祭のテーマは、「新しい世界へ」。
かつて亡命した作曲家達が苦難を乗り越え、新天地を求めて運命を切り開いた、そんな不屈の精神から生まれた力強い調べが鳴り響きます。
東京では、恒例の東京国際フォーラムに加え、今年は新たに池袋エリアでも行われ、あちこちでの無料コンサートの他、世界のグルメが味わえる屋台なども出て、賑やかなムードに包まれます。
皆様も今年のゴールデンウィークはぜひご家族で、もしくは一人でふらっとお祭り気分で、クラシックの音の洪水に身を委ねてみてはいかがでしょうか。
Posted by 広瀬 悦子
広瀬 悦子
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ピアニスト
ヴィオッティ国際コンクールとミュンヘン国際コンクールに入賞後、1999年マルタ・アルゲリッチ国際コンクールで優勝。1996年パリ・エコール・ノルマル音楽院、1999年パリ国立高等音楽院を審査員全員一致の首席で卒業し、併せてダニエル・マーニュ賞を受賞。世界各国でリサイタルや音楽祭に参加。2001年デュトワ指揮NHK 交響楽団との共演をはじめ、バイエルン放送響、オルフェウス室内管ほか国内外のオーケストラと数多く共演。2007年4月、ワシントンD.C. のケネディセンターでリサイタル・デビュー。日本コロムビアやMIRAREからCDがリリースされている。