PANORAMA STORIES
宇宙でスカートをひるがえす – むせかえる世界 Un monde parfumé – Posted on 2018/02/10 エロチカ・バンブー バーレスクダンサー ベルリン
先月19日、フランス、ロレーヌ地方にあるメスのポンピドゥ・センター・メスで、日本が誇るアーティスト集団、ダムタイプ(*)のエキシビションのオープニングが開かれた。そのダムタイプのメンバーの一人で、友人のスナッチも、アーティスト砂山典子として彼女のライブ・インスタレーション作品、”むせかえる世界 Un monde parfumé” を2日間展示すると聞き、これはお祝いにいかなくちゃ! と即座にフライトチケットを予約、メスへ飛んで行った。
展示ではあるけれど、アーティスト自身も作品の一部となるので、パフォーミングアーツでもある。
昨年から今年にかけてフランスは日本のアートやカルチャーを紹介するエキシビションや、イベントが盛りだくさん行われるという。このメスのポンピドゥ・センターでも、若手から大御所まで日本人アーティストの作品を集めた大きなエキシビション、ジャパノラマが開かれている。
*ダムタイプは京都市立芸術大学の学生を中心に結成されたアーティストグループ。「マルチメディア・アート・パフォーマンス・グループ」とも呼ばれており、様々な表現手段を用い芸術表現の可能性を追求している。
コニョスナッチ・ズボビンスカヤ。通称、スナッチ。
これが私が出会った時の彼女の名前である。アーティスト名は砂山典子。彼女とは90年代の京都、クラブメトロで、ダムタイプに関わるメンバーが作った伝説のイベント ” Club Luv+” でドラアァグ・クィーンと一緒にショーをしたり、朝まで2人で鎖で繋がったまま踊ったり、祇園にあったフェティッシュ・バーで ボンデージファッションに身を包み共に働いたりと、京都の夜を大暴れした仲。近年は私の主宰するバーレスクイベント、トーキョー・ティーズにも出演してもらったり、出会ってから今まで一緒に人々をびっくりさせてきた数少ない生涯の友人。
だけど付き合いは長いのに、残念ながら彼女の芸術家としての作品 ”むせかえる世界” を実際に見る機会がなかった。
”むせかえる世界 Un monde parfumé 砂山典子”
食肉目イタチ科のスカンクは敵に襲われたり邪魔されたりすると、頭を下げて背を弓なりに反らせて尾を立て、前足で地面を踏み鳴みならして敵に警告する。黒と白の毛皮を見せびらかせながら、それでも効果がないとみる と、クルッと後ろ向きになって、体を前後に揺すり始める。そして、肛門の両脇にある臭腺から、琥珀色の強烈 な匂いのする液を敵めがけて発射する。その匂いは卵の腐ったような、あるいは硫黄のようなとでも表現できる。悪臭はいつまでも残り、あたりに何時間も漂い、スカンクを取り押さえるのに使った手袋は、1年以上たってもまだ匂う。
[今泉忠明 猛毒動物の百科より]
「むせかえる世界」へようこそ。
女性は、その腕力のなさゆえにスカンクの状態を夢みる。
__エレベーターの中、人気のない路地、夜道の一人歩き。
__私は、T.P.O.に対応できるスカンクになりたい。
暴力には毒ガス。愛にはブルーラベンダーの香りを。
汚れるの嫌だから、スカートの上は歩かないで。
しっかりかぶって私のところへいらして、ね。
砂山典子
エロチカやってみる? あの椅子に座ってみたい?
もちろん!と即答したものの、ほんの少しの羞恥心が浮き出してきた。 真っ黒なスタジオに巨大な赤いスカートの海が広がる。血のような赤い大海原の真ん中に座る。そのスカートの真下には赤いクッションと赤い小さなノート、ペンライトが置かれている。そして無防備な2本の足がさがっている。
天井には丸くくり抜かれた椅子。下着はつけているものの、女性のプライベートな部分が見える。いくらステージで裸に近い状態のショーをしているとはいえ、顔の見えない人々に秘密を覗かれるような、ステージに立った時のようにポーズでごまかせない太ももから爪先、足の裏まで隠せない生の足。
だけど、好奇心は再び私の迷いをぶっ飛ばし、その妙な感覚が実際どう生まれるのかを知りたくなった。ほんのわずかな羞恥心なんかより、私自身がポンピドゥセンターでアート作品の一部となることの方が、エキサイティングよね。こんな貴重な機会はそうそうない。そしてなにより、実際に体感することで彼女の作品をもっと知りたかった。座る彼女の姿は凛々しく、すこし怖いしカッコイイ。
朝10時に開場すると、人々が静かにぞろぞろと入ってきた。厳粛な空気も、一旦誰かがスカートにもぐりこむと、ヒソヒソ声からクスクスと笑う声がもれて、和やかな空気と緊張した空気が混じり合う。スナッチは、時にスカートの真下の人達とちょっとした会話をしている。なんだかティータイムのおしゃべりのようで微笑ましい。
さあ、私の番。いったいどんな世界がまっている? 私は少しの笑みを浮かべながら、心の底で「こちらへ来るのよ」と、呪文のようにささやいてみた。
その大海原の赤い布に絡み付かれながら、スカートの中を人々は時に恐る恐る這いずって来たり、または躊躇を切断するようにガツンガツンとこちらへ向かってやってくる。ある人は迷い子のようになかなかセンターへは辿り着けず再び外へ戻ってしまったり。
私は赤い海原の真ん中でその様を静かに見守る。私のスカートの中からささやくようなフランス語が聴こえてくる。時にうごめき、時にまったく動かず静寂。
いったい今何人が私の中に残っているのかしら? ペンライトでどこかを照らしてる?
何をしているのかを私は想像するだけ。私は照れ屋ということもあり、スカートの中の人達とは会話できず、ひたすらスカートから帰還してきた人に微笑んで時々メルシーと発するのが精一杯だった。
1時間ほど座っていると、不思議な感覚にふと気を失いそうな心地よい感覚に包まれた。たった一人で真っ暗な宇宙の真ん中に浮いているような感覚。
血のような真赤な布は産道にも見えて、まとわりつくその布の中を、一生懸命こちらへ向かってきてはまた出て行く。
私の真下のスカートの中は5人の人の塊でボコボコとうごめいている。なぜかすごく平和な気持ちになった。私のなかの女神のような大きな気持ちが宇宙と繋がって大きな羽を広げたような。
この同じ時代に生まれ落ちてまた帰っていく仲間。真っ黒い空の遠くへ包み込みながら飛んでいく。すべては優しさで満ちている。透き通った涙も、燃えるような怒りも、出口の見えない矢印だらけの道も、すべて包まれている。その外側は、無限に広がる無で見守られている。
不思議な体験をさせてもらい、私はベルリンへ戻った。美大を中退してからアートの世界からは遠ざかっていた。なんだかスノッビーで頭の良い人たちのもの、鼻持ちならないオシャレ人間の娯楽で、到底私なんて近づけもしないっていうくだらない先入観とひねくれ根性が遠ざけていたのだ!
そんな先入観は幻でした。自由になるヒントはどこにでもあるはず。すべてOK。傷舐め合っても、スノッビーでも、諦めてても、わからなくても、すべてOK! 楽しもう。何を感じるかは自由。すべてはあなた次第。
一度、ぜひ、むせかえるスカートの中へ入ってみない?
Posted by エロチカ・バンブー
エロチカ・バンブー
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バーレスクダンサー。日本の各都市のクラブやキャバレーでショー活動した後、2003年にラスベガスにある世界で唯一のバーレスクミュージアム、Burlesque Hall of Fameで開かれるバーレスクの祭典で最優秀賞を獲得。それを機にLAに拠点を移す。2011年よりベルリンへ移りヨーロッパ、北欧で活動中。ドイツのキャバレー音楽ショー”Let’s Burlesque”のメンバーとしてドイツ各地をツアー中。