PANORAMA STORIES
砂鈎島のひみつ Posted on 2016/10/21 渡辺 葉 作家・米国弁護士 ニューヨーク
マンハッタンの南、ウォール街で地下鉄を降りて数分歩けば、そこは波止場。午前8時すぎ、待っていたともだちと合流して、フェリーに乗り込みます。自由の女神に挨拶しながら南へ半時間で、我らが「砂鈎島」に接岸しました。
砂鈎島(すなかぎとう)というのはわたしの勝手な翻訳で、本当は「島」ではありません。英語の名前はサンディ・フック。ニューヨークのお隣ニュージャージー州の岸辺からひょっこり突き出した半島なのだけれど、あまりにも細い陸地の切れ端で、大陸と繋がっているので、地図ではほとんど島に見える地形です。「ピーターパン」のフック船長を覚えていますか? 左手にでっかい鈎をつけた海賊の船長です。そう、あの鈎=フック。三日月型のこの海岸を「砂だらけの鈎」とは、よく名付けたものですね。
陽に晒され波に洗われた象牙色の砂と、青い海、でっかい空。朝一番のフェリーで着くと、カモメや浜千鳥などの鳥たちが目覚めてヨチヨチと寄せる波に足を浸しに行く姿にも出会えます。我々はビーチパラソルを立てて荷物を広げ、まずは泡立つスパークリングワインで乾杯!(本当はシャンパン飲みたいけど、毎週は厳しいからお財布と相談)米国では公共の場でお酒を飲むことは概ね禁止されているのですが、ここではあまりおおっぴらに酔っ払わない限りは大丈夫…。みんなで持ち寄ったピクニック・ランチで腹ごしらえをして、あとはゆっくり波と遊ぶ一日を過ごします。
砂鈎島は大西洋に面しているのですが、寄せる波はメキシコ湾から北に向かう暖流なので、どこか優しい。透明な水の中で、白い二枚貝や黒紫のムール貝の殻が踊ります。白地に赤い小さな斑点をつけた蟹が波にさらわれ、慌てて泳いでいくことも。寄せては返す波は優しくて、でもその力は強い。陽を受けてキラキラと輝く波の引き際に現れる水脈は自然の一瞬だけの彫刻。美しすぎるそのデザインに、ただ「ありがとう」という言葉が溢れてくる…。
砂鈎島はどうしてこんな、不思議な形になったのかな? フック船長の鈎というより、ちょっとウミウシにも似たちょっとおとぼけな地形。ウミウシのしっぽ(?)のところでぎりぎり、北米大陸に繋がっている。砂鈎島誕生のひみつは、きっと波と潮と風だけが知っている。でもね、そのひみつ、いまは知らなくていいんだ。太陽と海風と波を身体いっぱいに受け止めて、砂鈎島はぼくらの夏そのものの、一部になっていくのだから。秋が来て涼やかな風が吹いても、心の中には今年また砂鈎島でもらった、キラキラ輝く時間のひみつがいつまでも輝き続けるのだから。
Posted by 渡辺 葉
渡辺 葉
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作家・米国弁護士。東京生まれニューヨーク在住。著書に「ニューヨークの天使たち。」「ふだん着のニューヨーク」、翻訳書は父椎名誠と共訳「十五少年漂流記」など多数。2016年から米国弁護士(ニューヨーク州&ニュージャージー州)。