PANORAMA STORIES
ウイーンはどんな都市?夫婦円満、ツァルト社のグラスでワインを飲む幸せ Posted on 2022/07/26 今村 輪 料理研究家 オーストリア・ウィーン
世界に名だたるウィーン。
しかし、実際にはオーストリアの首都であること以外、ウイーンという街についてどれほどのことを読者の皆さんはご存じであろう。
チェコの首都? ハンガリーの首都? と聞かれることもあり、その度に違いますよ! と説明しないとならない。
東側にチェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニアと国境を接しているからだろうか。西側にはドイツ、スイス、リヒテンシュタイン、イタリアと陸続きである。
そもそもオーストリアは西欧諸国の一番東にある永世中立国なのだ。
最近のヨーロッパは、コロナに戦争、難民問題、テロの脅威、・・・問題山積みだが、そんな中ウィーンは、マーサー(Mercer)の世界生活環境調査の総合ランキングで生活環境の一番高い街に選ばれたことがある。何年ものあいだ連続で世界一に選ばれており、長年ここに住む住人としては、ちょっとした自慢でもある。
ウィーンと言えば「音楽の都」として思い出して下さる方が多いのではないだろうか。
音楽以外思い浮かばない方のために、いくつかご紹介させていただこう。
まず国際連合ウィーン事務局があるので国際機関も数多く集まり、国連都市(VIC)として、ドナウ川の側にウィーン国際センターが屹立している。
2009年から国際原子力機関(IAEA)の事務局長に日本人として初めて天野之弥(あまのゆきや)氏が就任されて二期目を務められておられる。それもあってか日本のニュースにここのところ度々ウィーンが登場する。
こんなささやかな出来事であろうと長年ウイーンで暮らしている者にとっては嬉しいこと。
企業では、女性たちの嬉しい味方カジュアルジュエリーの「スワロフスキー社」、スワロフスキーは本業のアクセサリー以外でも、シャンデリア、オーナメント、双眼鏡なども手掛けている。
「レッドブル、翼をさずける」の宣伝で日本でもお馴染みとなったエナジー・ドリンクの会社「レッドブル社」もオーストリアの会社である。ワイン愛好家には有名であるワイングラスのブランド「リーデル社」、お菓子のペッツ(PEZ)もオーストリアが発祥なのだ。
さて、他にもまだまだあるが今回はオーストリアの老舗グラスメーカーのリーデル社(Riedel)とこの10年でワイングラス業界に大きな影響を与えたツァルト社(Zalto)について行を割かせていただきたいと思う。
リーデル社は、260年の歴史を誇るヨーロッパでも11代続く老舗のグラスメーカー。ハンドメイドグラスのソムリエシリーズはワインを最も楽しむことができるグラスの一つだが、ソムリエやワイン愛好家の人気は非常に高い。
デキャンターの女性的な美しいライン美もとても魅力的。
私事で恐縮だがウィーンに来るまでは美味しいワインに出会う機会に恵まれず、ここに来て初めて飲んだワインで、その神髄を味わうことになる。美味しいのはフランスやイタリアのワインだけではない。
オーストリアのワインの人気は近年うなぎ上り。格付けもぐんと上がっている。
そして、私はこの地で、本物のオーストリアワインと出会い、その力強く華麗なワインに魅了されることとなった。
その頃は学生だったのであまり高価なワインは飲めなかったが、フランスの高級ワインよりは手頃で、しかも負けない品質、味もどこに出しても恥ずかしくない一流品、直ぐにオーストリアワインの虜になってしまった。
ある日友人宅に招かれたおり、素敵なアンティークのガラス棚にリーデル社のソムリエシリーズがびっしりと並んでいるのを目撃することになる。ワインの品種別にワイングラスを替えるというこの贅沢な趣向、なんて粋で奥が深いのだろう、と私はますます感動することになった。
ボトルを開ける度にグラスが替わり、そして一つ一つのグラスの厚さやデザインや気品によってこんなにもワインの味が変わり、美味しくなるものか! と衝撃を覚えることになる。
リーデル社のグラスがどうしても欲しくなったが、学生の身分では手が出ず、指をくわえることとなった。
しかし、それから数年後この私にも婚期が訪れオーストリア人男性と結婚することになった。
こちらでは結婚の際にHochzeitsliste=結婚祝いの希望リストを出すことができる。
キッチン用品・食器等の商品リストの中から欲しいものをピックアップし、招待状の片隅に「お祝いを下さる方は私たちのウィッシュリストをご覧くださいね」と認めておいた。
勿論、グラスもリストに入れた。
そして、念願のリーデル社のグラスを10脚揃えることができたのである。夢が実現したのだ。
グラスが10脚揃ったからには、ワインの勉強も本格的に始めることになる。私がどんなに嬉しかったのか想像していただきたい。なんと、私はオーストリアワインアカデミーにまで通ってしまったのだ。
結婚し、夫婦で生きることになると、当然仲間たちが集まるようになった。
ワインを飲む機会も増え、例のグラスを使う機会も増えた。
けれども、人が集まり、楽しい夜が過ぎると、大切なあの10脚のグラスの中から1つ、2つと欠けていく。
形あるものは壊れるのが宿命。仕方がないが、パーティのあと、私は悲しくなった。
若いころの夢のグラスセットが幸福とともにちょっとずつ減っていくのだから・・・。嬉しいのに、悲しい。グラス棚の中にびしっと並んでいた私の兵隊さんたち。
二度と割るものかと思って過ごしたこの26年であった。
そんなある日、ツァルト社のグラスと出会ってしまう。
正直、最初にこのグラスを写真やテレビで見た時は、あまり私の好みでないな、と思った。
ところがある日、ツァルト社のグラスでワインを飲む機会があった。
グラスを握り、ワインに口をつけたとたん、私はこれまでにない新鮮な驚きを覚えてしまう。
天使の羽のような軽さ、そのあまりにエアリーな薄さ、繊細さ、ひとたびこのグラスで試飲してみると、他のグラスが持てなくなってしまうほどの素晴らしさ。
グラスの薄さ、ステムの細さ、持った時の軽さが他の追従を許さない。
初めてグラスを持った時には、ワインの重さでステムが折れてしまうのではと思ったほどであった。
このメーカーはもともと6代続くグラスメーカーだが2006年に現在のブランド「デンク・アート」をより広めるために会社を再編、このグラスをメインに販売をやり直した。
デンク・アートとは、このグラスの開発者ハンス・デンク司祭の名からきている。
グラスの形が丸みを帯びているのでは無く、角度を持っておりその角度は地球の軌道傾角(24°―48°―72°)と一緒なのだ。このグラスは、ワインのブケ(香り)味を最大限に引き出すことを目標に制作されている。
酸化鉛を一切使用しないカリ・クリスタル製造法、ハンドメイドのマウスブロウ(口吹き制作)で制作されている。
2009年ドイツ・ワインマガジン・シュテルンのワイングラスのブラインドテイスティングコンペティションでは、ボルドー、ブルグンダー、リースリング各部門でリーデル社、ロープマイヤー社等々老舗のメーカーを抑え一位に輝き、ワインジャーナリスト、有名レストランのシェフ、有名ワイン生産者等々多くの方々に絶賛されている。
もちろん、ウイーン在住歴30年超の私も大絶賛!(笑)
リーデル社のワイングラスとの出会いで始まったウイーンでの生活、今はこのツァルト社のグラスでワインを飲むのが楽しい夫婦生活も高級ワインに負けないくらい円熟してきた。
何事も奥が深いということである。
〇参照:
http://www.riedel.com/
http://www.zaltoglas.at/index.php
※Zalto=ツァルト、日本の通販サイトではザルトとなっていたが、ドイツ語ではZ=ツェットと発音する。従って正しい発音はツァルトとなるのでここではツァルトと表記する。
Photography by Maguri Imamura
Posted by 今村 輪
今村 輪
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料理研究家。1990年オーストリア・ウィーンへ単独渡欧。1996年ウィーン市立コンセルヴァトリウム(当時)、オペラ科卒業。1999年オーストリア人男性と結婚。2004年よりウィーン料理の料理教室wr.K.r.K.を主宰。ウィーンのメイン料理からウィーン菓子まで幅広いメニューを指導する他、翻訳、日本語レッスン、プリザーブドフラワーレッスンも行う。ウィーン在住26年。