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エルメスの遊び心 Posted on 2017/12/05 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

このところ、モード続きです。
私のようなデザイナーにとって、モード界を代表するメゾンのクリエイティブな仕事は、刺激に溢れています。
今回お声がかかったのは、エルメスのメンズ・コレクションの香港でのお披露目パーティーの照明。
巨大な豪華客船ターミナルを借り切って、その中の数フロアーに渡る広大な面積を「エルメス色」に染めるための舞台装置のような設えを作り込み、そこにアジア中から1600人(それって、多すぎない?!)のVIPゲストを呼ぶという試みです。
 

エルメスの遊び心

エルメス本社のセノグラファーと呼ばれる装置デザイナーから電話をもらったのは、なんとパーティーの2ヶ月前、それも7月。これからフランスでは長い夏休みシーズンに入るという時でした。「香港のスタッフに任せておいたが、やはり照明は大切な要素なので、パリのエルメスとして光の専門家に参加してもらった方がいいという結論になった。最初に思いついたのがリーサだった。」なんて言われては、夏休みを返上してでも、このプロジェクトに参加しないわけには行かなくなってしまったのでした。
 

エルメスの遊び心

エルメスの遊び心

日本でのエルメスは、かの有名なバーキンやケリー・バックや、シックな柄のシルクのスカーフ、パリ・フォブール・サントノレ街の敷居のお高〜い感じの本店など、とかく近寄りがたいイメージが大きいかもしれません。バックを基本とするルイ・ヴィトンや、モード(それも帽子)から発祥したシャネルなどとの、明確な区別もあまりなく、大まかな「フレンチ・ブランド」の括りの中に一緒くたにしている方も多いでしょう。
高級なのは拭いがたい事実ではありますが、エルメスはそんな中でも馬具から出発しているため、実はモードは比較的最近始めた分野で、それよりも馬具で培った皮製品を始めとする「生活実用品」が多いのが特徴だそうです。
「役に立たないものは売ってません」とエルメスのディレクターも語っている通りです。
 

エルメスの遊び心

これまで幾度かエルメスのイベントなどの照明を担当してきた中で、私が毎回感じるのは、そんな実用品をブランドにまで高めた秘訣のひとつでもある、「ちょっと意外な遊び心」です。
今回のパーティーも同様でした。テーマは「メン・アップサイド・ダウン(逆さまになった男)」。室内テーマパークさながらの造作を、10部屋以上に分けたパーティー会場全体に展開。例えば、パリのアパルトマンを再現した一室、でも全てが逆立ち状態にできています。その中で撮った写真を上下ひっくり返して見ると、コウモリのような「逆さ吊り」ショットになる趣向の部屋には、一晩中来場者の長い列ができました。
 

エルメスの遊び心

その他、階段や玄関が全て反転しているエッシャーのだまし絵のようなセットや、エルメス製の皮でカスタマイズしたハーレー・ダビッドソンのバイクが天井に取り付けてあったり、ネクタイが逆さになった形のメトロノームに覆われた壁があったり……さらには宙づりやアクロバットのパフォーマンスや、アーティストのライブコンサートがあるかと思えば、新コレクションの絵柄でできたビデオゲームが壁一面に展開された巨大なプレールームがあったりと、ありとあらゆる手で「アップ・サイド・ダウン」を表現し、ゲストをこれでもか楽しませ驚かせようというホスピタリティーの趣向が盛りだくさんに凝らされているのです。
 

エルメスの遊び心

ちょっと子供っぽさを感じさせる程のファンタジーなど、子供心を忘れないシックな大人の遊び心。そんなエルメスの世界観を表現する余興的な努力を惜しみなく展開する、それがこのブランドのやり方なのだと、つくづく感じました。
そして私は、といえば、もちろん光でその世界観を表現します。逆さまを強調しつつも、どの角度からも見てもよく見えるようなライトアップを考案したり、セットの細部に照明を仕込んでもらったりと、セノグラファー達と折衝を重ねました。そして最後の現場の指揮にも、毎晩夜遅くまで、そして前日には朝7時まで、全力で当たりました。
 

エルメスの遊び心

エルメスの遊び心

どんなプロジェクトも「ディテールに神が宿る」と言われている通り、最後の細部が大切なので、絶対人任せにはできません。自分の足で現場を歩き、自分の目で確認して、自分の言葉でどうしてほしいか直接テクニシャンたちに伝えていかなければならないのです。
前夜に突風と大雨が吹き荒れて、屋外会場でテントが吹き飛ばされるアクシデントがあった時は、現場のみんなで濡れながら対応をしたこともありました。ひと段落した時の、みんなの結束力といったら、結構爽快でした。何があってもおかしくないイベント。何かあってもどうにかしなければならない、それもイベント、なのです。

おかげで、香港にある照明器材だけを使う、期限が極端に短い、など様々な制約を乗り越えて、香港のイベント業者とも楽しく、そしてプロフェッショナルに仕事をすることができました。こうして、百万ドルの香港の夜景を一望できるテラスは、一夜限りの夢の騙し絵の世界に変貌したのでした。

香港の夜景を思いながら。
石井リーサ明理

 

エルメスの遊び心

 
 

Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

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Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。