パリで学校を卒業して研修や契約社員を経たのち、日本に帰国するかフランスに残るか悩んでいた。
服飾の勉強を始めたのはフランスであったし、何より独学で続けていたデザインをブラッシュアップして仕事に結びつけたいと思った。フランスに残るため、いくつかのブランドを選び、それぞれのイメージに合わせたデザイン資料を作り手紙と共に履歴書を社長宛に送った。もし連絡がなければ日本に帰国しよう、そう思っていた。
しかし、２日後に一社から連絡が来た。その後１５年働くことになるミッシェルクラン社だった。

送ったデザイン資料の絵を気に入ってくれたらしい。会社からの要望は、「縫製工場へ発注するためのデッサン描き」で、１０日間のアルバイトだった。お金をもらいながら経験が積めるのだから願ったり叶ったりだった。
ひたすら絵を描くという、僕からしたら夢のような仕事の毎日で、あっという間にアルバイト期間が終わる頃、
「このままどうしてもパリで仕事をしたい」ということをミッシェルに打ち明け、相談した。
ミッシェルは僕の熱意に押されたのか、とりあえず３ヶ月間の追加研修を認めてくれた。

それから毎日、ひたすらデザイン画とプリント柄のモチーフを描き続けた。この研修期間中に数百枚描いたものの中から商品化されたものはたった数点だったけれど、自分のデザインした服やテキスタイルがパリコレで発表された時はとても嬉しかった。
徐々に多くのデザインやプリント柄を頼まれるようになり、僕の仕事ぶりを見ていたミッシェルが「アシスタントデザイナーとして正式に迎えたい」と言ってくれた。
これでパリで働ける！　さらに経験が積める！　と大喜びした。
 

 
しかし、ここで一つ問題があった。労働許可証である。
本来、留学した外国人はその経験を自国に戻り生かすべきで、能力のある外国人を簡単に雇用していけば、フランス人の失業率はどんどん悪化してしまう。当時は特に日本人とアメリカ人は労働許可証が取れないと言われていた時期で、それぞれの国の失業率がフランス以下であり、経済的にも豊かだったからだろう。
それでも、どうしても雇用したい場合は厳しい審査がある。
なぜその外国人を雇用したいのか、そしてその雇用によりその会社、ひいてはフランスにどのような利益があるのか明確な理由が必要なのだ。もちろん、その理由の説明をするのは雇用する会社側であり、登記や内部情報に至るまでの資料を滞在許可証を管轄する警察に提出しなければならない。必要であれば呼び出されて３者面談もある。さらに移民局や労働局への申請や支払い、高額な給与設定など、数えればきりがないほど厳しいハードルが並んでいた。こうしたことはフランス人を雇用するなら必要のないことで、雇う側もかなり労力を要する事になる。

現在は多少ビザの種類や期間、必要な給与額なども変わったようだけど、外国人がフランス企業で正社員として働くために労働許可証を取得するのは非常に大変なことなのだ。
 

 
ミッシェルも僕もそんなに大変だとは知らなかったのだが、周りからの情報が入るにつれてかなり難しいということがわかってきた。それでも、僕の才能をかってくれたミッシェルは会社に書類上の手続きを進めるよう依頼してくれた。ライセンス契約をしている日本の商社にも掛け合ってくれ、労働許可証取得専門の弁護士を雇ってくれることになった。
そして、約１年に及ぶ待機期間を経て、やっとの事で労働許可証を手に入れることができた。
こうして僕は、ミッシェルクラン社では日本人として初めての「アシスタントデザイナー」として正社員になり、デザイナーとしての第一歩を踏み出すことになったのだ。

その後、文化の違いや人間関係、差別を乗り越え、海外ならではの経験を積みながら多くの仕事をして来た。
それは確実に、今も自分の力の源になっている。
 

 
佐藤康司も以下のイベントに参加します。
 
 

 


DESIGN STORIES × ISETAN　 ～世界で挑戦する日本人の物語～

 
■2017年　11/1（水）～ 11/7（火）

■10:30-20:00 

■伊勢丹新宿店本館4階＝センターパーク ステージ#4

■お問い合わせ：伊勢丹新宿店 ☎03-3352-1111（大代表） コンテンポラリースタイル２


【詳細に関して】ISETAN SHINJUKUニュースにて10月25日（水）よりご案内予定。
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