PANORAMA STORIES
「わんわん大行進」スロベニア、愛すべき犬たちとの暮らし Posted on 2022/06/06 美月 泉 人形劇パフォーマー、人形制作、俳優 スロベニア・リュブリャナ
ここはスロベニアの首都リュブリャナ。
丘の上に建つリュブリャナ城から見下ろすと、麓をリュブリャニツァ川がぐるりと流れ、川の両岸に旧市街のオレンジ色の屋根が広がっている。
旧市街一帯は数年前から歩行者天国になっていて、地元の人も観光客も、誰もがゆったり歩いている。
色とりどりの野菜や果物が並ぶ市場の活気を通り抜け、川沿いに並ぶカフェから溢れる笑い声を聞きながら路地に入る。
石畳に静かに響く足音、背後からは教会の鐘の音が高らかに鳴り始める。
一時間もあれば旧市街の古き良き街並みをひと通り見て回れるだろうか。
驚くほどコンパクトで美しい、それがこの街リュブリャナだ。
街を歩く間、私の密かな楽しみが元気な姿で視界を横切って行く。
それは街で出会う「犬」の存在だ。
ぬいぐるみのように小さなサイズのものから、人間よりも大きなものまで、街中いたるところで遭遇する、犬、犬、犬たち。つい目で追ってしまうのは、数の多さや犬種のせいだけではないらしい。
リュブリャナで暮らす犬たちは、のびのびと意思を持って生活しているように思えてならないのだ。
一体何が、犬たちを生き生きとさせているのだろう?
歴史を辿ればこの国でも、牧畜犬やトリュフを掘るための小型犬のように役割があって人と生活を共にしてきた犬がいる。しかし、今リュブリャナで出会う犬たちは役割ありきの犬ではなく、いわば家族の一員のように私には思える。
例えばこのブルドッグ。
ご主人はメタルな風貌の大柄な男性なのだが、街で彼らを見かけるたび、一人と一匹の厳ついコンビは、飼い主と飼い犬の関係を越えた素敵な相棒同士のように思えて仕方がない。
こちらは路地裏での遭遇。
旧市街の狭い路地に大きな三頭が現れた時、その迫力に驚きの声を上げずにはいられなかった。こう見えて、飼い主の女性に歩調を合わせるとても優しい三頭である。
最後はライオンと見まちがうような大型犬。
夏の朝の凛々しいたたずまいの横には、のんびりと一服するおじいさんの姿があった。
ほかにも、個性あふれる犬たちとの出会いを重ねて気づかされたのは、そばに寄り添う飼い主たちの、どこかおおらかな雰囲気である。
もしや、犬が魅力的なのは飼い主の暮らしぶりが関係しているのではなかろうか。
一般に、スロベニア人の日常はこうである。
男性も女性も働いている。専業主婦という概念はどうやら無いらしい。
皆が働く代わりに終業時間が早いのが印象的だ。お勤めの人なら夕方4時頃には仕事を終え、残業もほとんどしない。
週末はきっちり休み、夏の休暇も月単位でとる。
働く時間と、家族や自分の為に使える時間とが、明確に分かれているのだ。
私の身近にいるスロベニア人の友人たちも同様である。
余裕のある時間を利用して、日頃から家族と過ごす時間をとても大事にしている。そしてそこには、犬たちの姿が必ず一緒だ。
夏場の夜、散歩中に立ち寄るアイスクリーム屋さんを犬の方が楽しみにしていたり、野外で行われるフェスティバルに出かけたり…
山へ行くのも川へ行くのも、海に行くのもいつでも一緒。
休暇の海から戻ってきた犬が、飼い主に負けないくらいに日焼けした毛色をしていて思わず笑ってしまったこともある。
人と犬とが共に時間を過ごし、体験を共有することが当たり前の毎日。
こうした環境の中で愛情を注がれ飼い主とコミュニケーションを重ねた犬たちは、家族の一員として、そして尊重された個として、生き生きと意思を持って生活をしている。
その上リュブリャナはヨーロッパでもまれに見る治安の良さなので、犬が安心して街を歩き、行き交う人々に悠々と挨拶をして回るのだ。
もしリュブリャナを訪れる機会があれば、この街で犬たちがどのように佇み、人と生活を共にしているかに注目して見て欲しい。
そこにはきっと、スロベニア人の生活の在り方が透けて見えてくるだろう。
初投稿、2017年9月
Posted by 美月 泉
美月 泉
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人形劇パフォーマー、人形制作、俳優。熊本県出身。2015年よりスロベニアの首都リュブリャナにてシリコンを使った人形・映像制作のチームに所属し活動中。日本では大人も子供も見られるヘンテコかわいい人形劇の活動をしています。人間と、その周りに在るモノや生き物たちが持つ物語に、日々目を凝らし心躍らせて生きています。