JINSEI STORIES
詩人日記「サンマルタン運河、詩情」 Posted on 2021/12/05 辻 仁成 作家 パリ
ある晴れた日の午後、サンマルタン運河にいた
堰き止められた運河の水に反射する世界
過去と未来が出入りする
わたしは流れ去る時の隙間に過ぎない
死んだ詩人の言葉がなおも生きて
未来にいる人を照らし続けている
橋の上から運河を見下ろせば
反射する世界のわたしが笑う
出来ては消えるあぶくのように
茂っては枯れるはっぱのように
光っては翳るおそらのように
起きては眠るわたしのように
いつも人はさようならを持っている
いつか人はさようならを待ってしまう
幸せが永遠に続くことなんかないし
不幸せがずっと続くこともない
幸せの絶頂にいる時にこそ覚悟せよ
すべてが幻だと思い知るために
水面が映す世界の美しさに涙を流す
思い出してごらん、生まれた時のこと
忘れ去ってごらん、死んだ時のこと
寂しいなんて言ったらだめだ
寂しくない人なんかいないんだから
Photography by Hitonari Tsuji